<得る>より難しいこととは?~自分の中の断捨離~

<得る>より難しいこととは?~自分の中の断捨離~

 

前回「野球を通して学んだこと」として「バッティングの時の心の姿勢」について野球素人ながらに書いてみたが、

野球経験者からの反応が良かったのが印象的だった。

 

 

ある地方の大学生K.N君からは

「ブログの野球の記事、読みました!主体は自分。めっちゃその通りだなと思いました!

今日明日の野球合宿に参加するので、その時に意識してみます!」

という連絡を頂いた。(本人の了承済み)

 

 

他にも様々な野球経験者から反応コメントを頂き、やはり長年野球をやってきた人ほど感じる部分なのだろうと感じた。

 

 

さて今日は「バッティングの心の姿勢」に絡めて、自分がここ10年ほど「得ることよりももっと難しいこと」として強く感じていることについてお話したい。

 

 

野球のバッティングで難しかったこと

 

今回のバッティングする際にに最も難しかったのは

『「打たなきゃ!」という虚栄心、他人を意識する心を捨てること』

だったということは、前回書いた内容だ。

 

 

これが実際とても難しい。(´・ω・`)

 

 

特に男性は「勉強よりスポーツができる人がえらい」的なところもあるので、

テストで0点取るよりは、スポーツでダサいところは見せられないという思いが強いように思う。

(勝手にそう思っているだけ??)

 

 

しかし結局そういう心があったので、自分の体の軸がぶれてしまった。

もっと練習をすれば、そういうメンタルのコンディションなどに関係なく打てるようになるかもしれないが。

結局自分のなくすべき心を無くさないと、体の軸だけなく、考えの軸もぶれてしまうことになる。

 

 

「ボールを打つこと」の前に、自分のそういう心を捨てることがもっと難しかった。(‘Д’)

 

 

 

得ることよりも難しいこと

 

ここ10年くらい常々感じていることだが、

<得ること>も難しいが、もっと難しいのは<捨てること>

と感じている。(´・ω・`)

 

 

例えば、

1億円を貯金することは、もちろん相当難しいことだが、

そうやって大変な思いをして貯金した1億円を<捨てること>の方がもっと難しい。(;’∀’)

大変な思いをして稼いだ分、もっと捨てられなくなるのは当然の理致だ。

得ることも難しいが、得たものを捨てることはもっと難しい。

 

 

「別に捨てる必要もないんじゃん?」(‘ω’)ノ

という話もあるが、

しかし実際人生を生きてみると、

<新しくしないといけない場面>というのに遭遇することがある。

 

 

今までのやり方ではいけない時、

新しく転換しないといけない時

というのがやってくる。

個人的な経験からすると、それはある程度<定期的に>やってくる。

 

 

その時に、

今まで自分がやってきたこと、成してきたこと、知識や経験を一旦捨てないと、新しく転換できない!(‘Д’)

という場面にたくさん遭遇してきた。

 

 

そのような場面で「ああ、本当に<捨てること>というのは難しいんだな」と感じるようになった。

 

 

スマホ事業に乗り遅れた○EC

 

これはその会社に実際に勤めている知人から聞いた話だが、教訓となる話なのでご紹介したい。

 

 

直接名前を挙げてしまうとよくないので、伏字で言うが大手電機メーカー「○EC」は折り畳み式のガラケーが一番の売れ筋商品だったそうだ。

かなりのシェアを誇っていて、実際にその会社に携帯を作りたくて入る大学生も多かったそうだ。

 

 

しかし日本にスマートフォンが入ってきた。

その時○ECでは「うちの売れ筋商品はこれだから大丈夫だろう。スマホは普及しないだろう」と思って手を出さなかった。

ある意味そのまま折り畳み式携帯にあぐらをかいていたと言えるかもしれない。

そのあとご存知の通り、スマホが爆発的に普及し始めた時、かなり遅くなってから○ECも自社でスマホを開発したが、全っっく売れなかった。(‘Д’)

 

 

最終的にどうなったかというと、○ECの携帯部門は潰れてしまった。。。⊂⌒~⊃。Д。)⊃

携帯事業を撤退したそうだ。

 

 

○ECは折り畳み式携帯の開発にかなり力を入れてきたからこそ、売れ筋商品になったのだろうし、

実際結果を残していたことは事実だった。

しかし「新しく転換しなければならない時」になったのに、今まで投資してきたからこそ、それをすぐに捨てることができずに、転換が遅れてしまい、結果としては携帯事業を撤退することになってしまった。

 

 

○ECを悪く言うつもりは全くないし、気持ちはとてもよく分かる。(+_+)

しかし携帯電話を作りたくて○ECに入った人たちからすると、非常に残念なことになってしまった結果となった。。。

 

 

このように<得ること>も難しいが、<捨てること>はもっと難しいようだ。(´・ω・`)

 

 

捨てることの<目的>

 

「捨てる」というと少しもったいない響きはあるが、

実際「捨てる」と言ってもゴミを捨てるように「ポイっと」ゴミ箱に捨てるようにはできない

今までの自分の考え方、自分の認識、自分の方法を捨てることなので、物を捨てるように捨てることはできない。

(むしろ、ゴミを捨てるように捨てられたら、どんなにいいだろうかといつも思う)

 

 

ちまたでは「断捨離」が流行っていると聞く。

物を捨てるのも難しいのに、自分の考え、認識、方法を捨てることはどれだけ難しいだろうか。

 

 

しかし捨てると言っても「0」(ゼロ)になってしまうのではなく、

仮に<捨てた>としても、その土台は残っていた。(経験談)

その「土台」が、次の新しいものを得るために絶対に必要なものだった。

 

 

だからこそ…

「捨てる目的」は「得るだめ」だ

ということを、深く感じるようになった。(´・ω・`)

 

 

ただ「捨てろ」と言われると「なんでや!!」(# ゚Д゚)となるが、

「もっといいこれをあげるから、それを捨てな」と言われたら、

「まあ、もっといいものをくれるなら」と捨てることができる。

 

 

上に挙げた「○EC」も、折り畳み式携帯を売れ筋商品にするほどの技術力はあるのだから、

折り畳み式携帯を開発した技術を土台として、一旦捨ててスマホを開発したならば、十分よい商品を作ることができたのではないだろうか。

捨てると言っても「0」になってしまうのではなく、

新しく転換するための土台、元肥にするということだろうと思う。

 

 

 

自分に<転換期>が訪れた時、

今までのやり方、今までの考え、

今までの認識、今までの価値観を

<新しくしなければならない時>に直面した時、

すぐさま捨てて、新しいものを得るためには、

普段からの練習が必要になりそうだ。(´・ω・`)

 

 

 

<新しくする機会を逃さない人生>にしていきたいと、いつも思っている。

部屋の断捨離、物の断捨離と共に、

<自分の内面の断捨離>もまた、是非進めていきたいものだと思う。

 

 

【今日の二言まとめ】

1.新しく転換すべき時が来たら、今までのものを<捨てる>こと

2.「NE○」が分からない人は連絡下さい。教えますね。

 

 

【関連記事】

バッティング時の心の姿勢~野球から学んだこと~

 

<得る>より難しいこととは?~自分の中の断捨離~” に対して1件のコメントがあります。

  1. 地方の大学生K.N君 より:

    ◯ECの例が非常に分かりやすく、大事にしているものを捨てられないことで、結局得られるものを得られず、捨てるべきものによって自分が損害を被るのだと思うと今一度自分を点検したいと思いました。NE◯の正体はいかに…笑

    1. シンジュン より:

      本人からの直接のコメント投稿。笑

      NE○の正体、分からなかったら教えますよ♪

  2. merci より:

    N◯Cが分かりません…
    教えてください!

    1. シンジュン より:

      もう分かってる、分かってる。(;´・ω・)

  3. ピンバック: writeaessay

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