人に指示を出す時に注意すべき<3つの原則>

 

アニョハセヨ~、シンジュンです。(・∀・)

 

 

最近医学関係で面白いことを知りました。(‘ω’)ノ

子供が採血検査をする時などに、子供は注射を嫌がるものです。

「その時子供にどのように話すべきか」という問題があります。

これは国家試験の問題にも出たりするそうなのですが、それを聞いて「これは採血の時だけではなく<教える立場>として知っておくべき大事なことだな」と感じたことがあったので、ご紹介します♪

 

採血検査の時、子供にどのように話すか

 

それはでは一つ、医学部生として国家試験に挑戦するつもりで、以下の問題にチャレンジしてみて頂きたい。(´・ω・`)

 

 

Q.採血など痛みが伴う検査の際、子供に対する検査の説明として不適切なものを以下から全て選びなさい。

① 「この検査は痛くないから大丈夫だよ」

② 「今回の検査はちょっと痛いけど頑張ろう」

③ 「動くと痛くなっちゃうからじっとしているんだよ」

④ 「採血できたらお菓子をあげるね」

 

 

thinking time!

 

 

………(´・ω・`)………

 

 

………(´・ω・`)………

 

 

………(´・ω・`)………

 

 

………(・∀・)………

 

 

………( *´艸`)………

 

 

しゅ~~りょ~~~

 

 

それでは「国家試験的正解」は……

 

 

 

…………「①③④」が正解!(*‘ω‘ *)

 

 

つまり「①③④」が子供に対する説明として「不適切な説明」だということです。(´・ω・`)

 

 

 

さて、いかがでしたか?(´・ω・`)

(あくまで国家試験的な正解なので)

タイトルに「3つ」と書いてあるので、勘のよい方々はすぐに「3つ違うんだな」とお分かりになったと思いますが。。。

 

何がいけないのだろうか?

 

さて、それでは上の①③④は何がいけないのでしょうか?(‘;’)

 

 

これは、子供に対して「嘘・脅し・対価」はいけないという原則から来ています。

① 「この検査は痛くないから大丈夫だよ」→嘘

③ 「動くと痛くなっちゃうからじっとしているんだよ」→脅し

④ 「採血できたらお菓子をあげるね」→対価

というようになっています。

 

 

確かに言われてみると、そんな気がしてきます。(‘ω’)

 

 

「嘘」は確かによくないなと。

「痛くないよ~」と言われて、実際注射されてみたら「痛かった…」。

そうしたら「嘘をつかれた!大人は嘘をつくんだ!次は絶対信じないぞ」(‘Д’)

となってしまうかもしれません。

 

 

「脅し」も分かります。

恐怖政治のように、恐れさせてやらせるのは順理ではないように思います。

 

 

「対価」、これは一見すると「いいんじゃね?」という気もします。

しかし根本的に考えてみると、そうすると「お菓子が欲しいがために我慢する」ということになってしまいます。

しかし実際お菓子のために注射を我慢するのではありません。(‘Д’)

さらにそんなことをし出したら、病院はいつも注射をする時にお菓子を用意しておかないといけなくなります。

もしかしたら病院の経済圧迫も考慮しているのかもしれません。笑

 

親、教師、上司が人に指示をする時

 

タイトルに挙げた三つ「親、教師、上司」は、「人に指示することが多い人たち」「人に何かをやらせる立場の人たち」です。

(もっと他にもいると思うが、とりあえず身近な人たちを挙げてみました)

いわゆる指導する立場、<指導者>的な人たちですね。(‘Д’)

 

 

親が子供に勉強するようにさせたり、

教師が生徒に宿題や部活などをさせたり、

上司が部下に何かの仕事をやらせたりします。

この時、どのように指示し、やらせるのか、これは重要な要素になってくるでしょう。(‘ω’)

 

 

しかしよくよく「親、教師、上司」がどのように指示しているのかを見てみると、、、

 

 

結構、この3つ「嘘、脅し、対価」を使ってはいないでしょうか!??(; ・`д・´)

 

 

「いや、結構どころかうちの上司はほぼ全部これ!!!」(‘Д’)

みたいな人もいるのでは。。。

 

 

例えば、上司が部下に、

「大丈夫大丈夫、この仕事、全然大変じゃないから。すぐ終わるよ」(‘ω’)(大嘘)

とか。

教師が生徒に、

「お前たち、この宿題出さなかったら留年させるぞ!」(‘Д’)(脅し)

とか。

親が子供に、

「テストで100点取ったら、おもちゃ買ってあげるね」( ˘ω˘ )(対価)

とか。

 

 

いや~~、こうして見てみると、かなりあるあるだなと。(´・ω・`)

 

 

自分自身の過去を振り返ってみても、なんとなく感覚的にだが、70%以上はこれらのどれかに該当したような気がします。(;´・ω・)

あなたの過去を振り返ってみて、いかがでしょうか?

 

我が家の例

 

上の例の三つ目、

親が子供に「テストで100点取ったら、おもちゃ買ってあげるね」( ˘ω˘ )的なパターンですが、

これは我が家に関して言えば、全っっっっっっくありませんでした。(‘Д’)

 

 

テストでいい点とろうが、悪い点をとろうが、褒められこそすれ、特に何か買ってもらったり、何か良いこと、悪いことはありませんでした。ちょっと夕食が豪華になったことすらありません。(;’∀’)

 

 

小学校時代、友達が「次のテストで何点以上取ると、○○を買ってもらえるんだ~」と言っていたのを覚えています。

「へ~、そんなことがあるのか。でもうちは無いな」(‘ω’)と思ったことを覚えています。

 

 

自分はちょっと特殊なのか、昔から「物欲」というものがほぼ皆無に等しかったため、それほどうらやましいとは思いませんでした。

それに親の教えの影響か「勉強は自分のためにするもの」という認識は、幼いながらに漠然と持っていたようで、それとこれとは関係ないだろうと思っていた記憶はあります。

 

 

中学3年生の2学期の成績は、高校受験で使われます。

そこで中学3年の2学期のテストは、ちゃんとテスト3日前から勉強しました!

それもあって、中学3年2学期の成績はオール5をもらうことができました。(*‘ω‘ *)

(あくまで中学レベルの話ですが)

 

 

しかしこれに関しても、特に何かあった記憶はない。。。(‘Д’)

(記憶に無いだけ?しかしもしあったとするなら、記憶に残らないようなものだったということなのかなと)

 

 

事前に「もしオール5取ったら、これ買ってよね」と言っておけば、流石の親もこれならばOKしてくれただろうに、そこは失敗したなと後々ちょっと後悔しました。(+_+)

 

 

「勉強は自分のためにするものだ」という認識がどこから入ったのかは、あまり覚えていません。

以前も書いたが「勉強はRPGで言う、武器と同じだ」という父の教えからかもしれません。

 

 

しかしそれで良かったと思っています。(‘ω’)

 

 

何かの物を買うために勉強していたら、それが得られなくなったらモチベーションを失ってしまいます。

それが身についてしまうと、いつも何かそのような「物」を手に入れる要素がないと頑張れないようになってしまっていたかもしれません。

 

指示する際の「同意の原則」

 

国家試験の問題ではありましたが、面白いことを学んだなと思いました。(・∀・)

採血の際には「子供の同意」が原則だといいます。

 

 

ここから考えるに、

誰かに指示をしたり、何かをやらせたりする時には「嘘・脅し・対価」でやらせるのではなく、

「なぜそれをする必要があるのか?」

「それをするとどういう有益があるのか」(対価ではなく)

「どうすればそれができるのか?」

を一つ一つ、しっかり本人が納得できる形で説明してあげることが大事だということになります。

そして「相手の同意」を得ることです。

 

 

順理的に考えても、確かにそうすべきだなぁと思います。( ˘ω˘ )

 

 

人を教える立場、人に指示することが多い、いわゆる<指導者の立場>の人たちは、

もう一度自分自身の指示の出し方を振り返ってみてはいかがでしょうか?

 

 

もしも「相手の同意」の原則に基づいて行なうならば、

より相手が納得して、喜んでついてくるような指導者になれるのではないかなと思います。(*‘ω‘ *)

 

【今日の二言まとめ】

1.人に指示する時は「嘘・脅し・対価」ではなく「同意の原則」を忘れずに。

2.「オール5取ったら○○買ってね」の約束は、お早めに。

同意、ペンと紙

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