教育:<自立した人>に育てるために大事なこと③~失敗をどう扱うか~

 

ハイサイ~、シンジュンです。(・∀・)

 

 

私はかれこれ10年以上「人を育てる」ということに携わってきたので、

私の専門分野である「人を育てること」つまりは「教育」について書いてみようということで、

前回と前々回「教育:<自ら行なう人>に育てるために大事なこと①~②」を書きました。

 

 

今日は第三回目です。( ..)φメモメモ

 

人を教え、導く立場、指導者的な立場になって、日々感じる難しさは様々あります。( ˘•ω•˘ )

「こういう場合どうすればいいんだろう~」と自分の中で迷いましたが、

いろいろと学び、経験を積む中で少しずつ分かってきたことがあります。

その中の一つを今日はご紹介できればと思います。(・∀・)

 

今日の話は一つ一つ具体例があるにはありますが、

全部挙げていると切りがないので、今日のところは理論だけになってしまいそうです。(;^ω^)

具体的な事例はまたおいおい書ければ思っています。

 

子供二人がカメラで写真を撮る

 

失敗が目に見えた時どうするか?

 

仕事柄、いろいろな内容の相談をよく受けます。

 

 

ある時、ある人が「シンジュンさん、こういうことをやろうと思っています」と、ある<提案>をしてきました。

こういう場合、

「お、受け身がちな日本人において、こうして<提案>してくるのは素晴らしいな」と思います。(*‘ω‘ *)

それで話を聞いてみました。

 

 

話を聞いてみると、やりたい思いはとても分かるのですが、その時の提案は、

「あ~、これはこのままやるとほぼほぼ失敗するな…」と言う感じの内容でした。(´・ω・`)

 

 

こういうことって、かなり日常茶飯事に起こります。

今まで自分もたくさんいろいろな経験をしてきたので、ほぼほぼ失敗が目に見えてしまう場合があります。

完全に全部崩れるほど失敗するというよりは、

「たぶん、こういう部分で問題が起こるだろうな。

それでこういうトラブルが起こりそうだな」(´・ω・`)

というのが、大体見える場合が多いです。

もちろん「お~、それはナイスアイディアだな!よしやろう!」的な提案もあるのですが。

 

 

こういう時、あなたならどうするでしょうか?(´・ω・`)

 

 

いろいろ選択肢はあります。

1.それは失敗するからやめた方がいいと却下

2.失敗してもいいから、ひとまず任せる

3.アドバイスして、もう少し考えさせる

などなど。

 

 

この部分に、いつも難しさを感じていました。(´・ω・`)

 

 

本人が「やりたい!」と思っているので、できるだけやらせてあげたい心はありますが、

しかしだからと言って失敗するのが目に見えているのに、そのままやらせるのも指導する立場として、それでよいのかと。(-_-;)

 

子供が悩む

 

あなたならどうしますか?

 

<提案>の内容にもよりますし、

また状況によっても異なるので、一概にマニュアル化できない部分ではあります。

1~3のどれでも弊害は起こりえます。

そこが難しいところです。(-_-;)

 

 

1.それは失敗するからやめた方がいいと却下

自分の提案が却下されたら、誰でも嬉しくないですよね。(^^;

明確に失敗する理由と要因を挙げて納得したとしても、後々弊害が起こります。

この人の提案に対するハードルを上げてしまうことになります。

以前「会議で新しいアイデアを生み出すために大事なこと③~意見を真ん中に置いておく~」でも書きましたが、

なるべく意見を真ん中に置いておいて、自由に発言できることは、組織が発展していく上でとても大事なことだと感じています。

 

 

2.失敗してもいいから、ひとまず任せる

この姿勢はとても大事だと学びました。

指導者の役割は「責任をとること」です。

失敗してもいいから、もし失敗した場合サポートしてあげることが指導者の役割だと感じています。

自分としてはいつも「失敗してもいいよ!自分がサポートしてあげるから!」というスタンスでいるようにしています。(・∀・)

 

 

このスタンス、口で言うのは簡単ですが、実際やってみると「自分が責任を負う」というのは簡単なことではありませんでした。(^^;

それでも今では本当にそう思えるようになりました。(・∀・)

これは自分自身が成長した証でもあるかなと思っています。

(そのように思えるようになった経緯も、またいつかお話できれば。)

 

 

ただこの場合も、一つだけ問題があります。

この<失敗>がサポートできるレベルならいいのですが、場合によって「取り返しのつかないレベル」で起こる可能性もあります。((((oノ´3`)ノ

 

つまり「自分が責任負うよ」と言いつつ、

自分が責任を負えないレベルである可能性です。(;´・ω・)

 

 

そこまで見える場合は、さすがに止めない訳にはいかなくなります。( ゚Д゚)

しかし提案してきた人にそこまで話すこともできない場合が多いので、止めるのも難しいです。(;´・ω・)

 

この辺りに難しさを感じます。

 

 

3.アドバイスして、もう少し考えさせる

 

基本的に「2.失敗してもいいから、ひとまず任せる」というのを基本姿勢にしています。

ただかなり失敗の可能性が見えた場合は、やはり少し修正してあげることが、「指導」する立場として必要なことなのかなと思います。(‘Д’)

(決して上から目線という意味ではなく、その人のやりたいことを助けるという意味で)

 

 

しかしいろいろな指導する人を見る中で、自分自身も含めて、よくやってしまうのが、

アドバイスして修正しているうちに、

全ー然違うものになってしまった!!Σ(・□・;)

パターンです。

 

 

指導する立場(親、教師、上司など)は、当然基本的に経験も知識もあるので、

「もっとこうしたらいい、こうした方がもっとよくなる」というのが当然見えます。(´・ω・`)

 

 

しかしそれを全部話してしまって、

結局最初の提案と全然違うものになってしまった!!Σ(・□・;)

みたいなことが過去結構ありました。

 

 

自分自身もやったことがあるし、

そういう場面もたくさん見ました。(;^ω^)

最初のものと全然違うものになってしまったら、

ある意味「却下された」のと同じですね。(;^ω^)

 

 

良かれと思って話したアドバイスが、むしろ仇になってしまいました。

いやはや反省です。(+_+)

 

チワワ二匹の反省

(反省の表情)

 

最善の道が必ずしも最善ではない

 

会社など<利害関係>がある場合は、失敗が許されないことが多いので、こんな流暢なことを言ってられませんが、

私は幸いほとんど利害関係の世界にはいないので、むしろこういう問題がいろいろ起こります。(;^ω^)

 

 

こうなってくるともう、

「本人の提案の範囲内でアドバイスする」ことしか方法がありません。

ただそうすると、やはり限界は生じてきます。

 

 

相談に来た人が、

「自分の提案の形が全然違うものになっても、もっと良いものになるならOKです!」

という姿勢で相談に来てくれれば、余計な心配をしないでアドバイスできるのになぁと日々感じます。(;^ω^)

 

 

そういう姿勢でない場合は、

ある程度の範囲内でのアドバイスしかできず、

ある程度の範囲内で良いものができて、

それを行なっていくようになります。

 

 

そういうことを見ながら、

「ああ、物事というのは、このように進んでいくんだな。

人の性格やプライド、自尊心などがあるから、

残念なことに<最善の道>が必ずしも<最善の道>にならないのだな」

と、<人>について学びました。

 

 

いつも<上の立場>と<下の立場>が適切にかみ合った時に、

「いいもの」は生まれてくるのだなと思います。(*‘ω‘ *)

 

 

なんだか今日は理論で終わってしまいました。(;^ω^)

また次回以降は具体例も挙げながらご紹介できればと思います☆彡

 

 

【今日の三言まとめ】

1.<失敗>をどう扱うかがとても大事

2.みんながプライドや自尊心を脇に置いておいて<最善の道>を行けたらいいのに

3.「ハイサイ」は琉球語の「こんにちは」(男性)

畑の中の道

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