受験は<戦争>なのか?

受験は<戦争>なのか?

 

よく<受験戦争>という言葉を聞く。

主に大学受験のことを受験戦争と言ったりする。

受験生たちが有名大学に入学するために、ペンを武器に戦う!というようなイメージからなのだろう。

確かに「必勝!」と書いた鉢巻をしつつ、一心不乱に勉強する姿は、鬼気迫るものを感じる。

若干、戦前の「富国強兵」と繋がるような気もする。

そういったところから<受験戦争>という言葉が生まれてきたのだろう。

 

 

受験は<戦争>なのか?

 

かく言う自分も、もちろん<受験>は何度も超えてきた身だ。

 

 

大学受験の時、某W大学の推薦をとることができたので、実際受験しなくても大学に入学することはできた。

しかし自分は高校受験を推薦で合格していたので、

「大学まで推薦で行ったら、人生なめてるな」(´・ω・`)

と思い、大学はちゃんと受験して、実力で行こうと思った。

(もちろん推薦で行く人に実力がないということではないが)

 

 

「人間苦労しないといけない、今楽をすると、後で苦労することになる」

という考え方は自分の中にあった。

どこからそういう考えを仕入れてきたのかは覚えていないが。

 

 

それで大学受験はちゃんと勉強して苦労しないといけないと思った。

 

 

実際受験勉強をしてみた者の印象としては

<戦争>という感じではなかった。

 

 

むしろ<マラソン>に近い感覚だったなと今は思う。

 

 

模試を受けてみて

 

受験生なら誰しも「模試」を受ける。

(個人的に自分はあの模試の重い雰囲気がとても苦手だった)

浪人生などは「月1」で模試を受けたりするそうだ。

そんなに頻繁に受けるからと言って、模試の結果が変わるとは思えないが。。。

 

 

経験者談だが、模試を受けること自体は良いと思う。

実際模試を3~4回受けたので、受験本番もまるで「模試」の感覚で、それほど緊張しないで受験することができた。

「場慣れ」という意味で、模試を受けることは良いと思う。

 

 

ただ「模試の結果」に対して一喜一憂することはおすすめしない。(´・ω・`)

模試の結果は「現在の位置」に過ぎず、これから数か月後にはどうなっているか分からない。

 

 

実際自分も3~4回模試を受けたが、第一志望の大学の判定はずっと「E」だった。

「E」というのは確率で言うと「0~20%」で、これは「あなたもう無理だから、志望校変えた方がいいよ」という評価だ。

一番最後の模試(12月くらいの模試だったような)の判定だけ、一つ上がって「D」だった記憶がある。(多分)

それでよく受験したねと言われるが、模試の結果は全然気にしていなかった。

そして実際に合格したので、文句は言われまい。(-ω-)

 

 

(「そんな成績ギリギリで入ったら、入った後で大変だったでしょ?」と言われるかもしれないので一応書いておくと、一応大学では成績優秀者だったのであしからず。)

 

 

もし判定が本当に正しかったとするならば、自分の実力は2か月でものすごく飛躍的に上昇したことになる。

もちろん「現役生の実力は年明けから伸びる」と言われている。

本当にそうかは別にして、結果論から言うと、模試の結果の良し悪しで一喜一憂するのは違うということになる。

 

 

自分との闘い

 

マラソンを走っている場合、

例えば自分よりも前を走っている人がいた場合、

その人についていこうと努力することはできても、

だからと言って「自分の最高の力以上の力」を出すことはできない。

 

 

前の人についていこうとして無理をしてリズムを崩したら、

足を痛めたりして、むしろ最後まで完走できなくなる可能性もある。

 

 

模試の結果が良くても悪くても、それが大事なことではなく、

「自分が今、最善を尽くして行なっているのか」が大事なことだ。

 

 

模試の結果が悪かったから「もっと頑張ろう」ではなく、

「もっと頑張る余地があるならば」模試の結果が良かろうが、悪かろうが、もっと頑張ったら良いだろう。

 

 

もし自分が今持てる力を振り絞って、最善を尽くして勉強しているならば、

他の人がもっと成績が良かろうが、それは問題ではないし、

また、それを問題にすることもできない。

なぜなら本人は<最善>を尽くしているからだ。

 

 

自分の<最善>を尽くしてマラソンを完走して、順位がたとえビリだったとしても、

それを馬鹿にしたり、批判したりする人がいるだろうか?

 

 

陸上競技で長距離を走る人はみんな感じることだろうが、

「マラソンは<自分との闘い>だ」

 

 

受験も同じだと思う。

 

 

そして受験以外、スポーツでも、仕事でも、生活でも、全て同じだと思う。

 

 

戦う相手は<周りの人>ではなく<自分>だ。

 

 

他の人と比較して、自分の位置を測るのではなく、

自分で自分を測ってみて、

<最善を尽くす自分>を目指して、

最後まで完走してもらいたい。

 

 

<最善>を尽くしたなら、

結果は伴うだろうし、

またもし思ったような結果が出せないとしても、

その時は限界にぶつかって、

また新たなものを得るきっかけになるだろう。

 

 

日々勉強に打ち込んでいる、

受験生の後輩たちに、

エールを送るつもりで、

この文章を書く。

 

 

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受験は<戦争>なのか?” に対して1件のコメントがあります。

  1. 鹿児島の西郷ど~ん より:

    受験生ではないですが、読んでいて力を受けました!

    1. シンジュン より:

      ありがとうございます☆彡
      また足を運んでください♪

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