やる時にやってしまうこと~仕事と勉強法~

やる時にやってしまうこと~仕事と勉強法~

 

 

「コップ一杯の水を見て、コップ一杯の水だけを分かるのではなく、

コップ一杯の水を見て、<海>の存在まで悟る人になりなさい」

と師匠から学んだ。

 

 

言葉としてもかっこいいが、これをさらに言葉で終わらず、

本当に行なう人生になったら、とてもかっこいい人生になるだろうなと思った。

 

 

大きいことから大きいことを得るのは、ある意味誰でもできることだ。

しかしもっと大きいのは、小さいことから大きいことを学び、得る人だと感じる。

言葉でかっこいいことを言うことは、とても簡単だが、それを「行なう人」は多くない。

小さいことから大きいことを学び、さらにそこで終わらず、それを行なって生きる人になりたいと常々思っている。

 

 

自分の気づきや学びはまだまだレベルが低いが、

参考までに、今日も一つ昔学んだことをご紹介したい。

 

 

加速と曲がり角

 

大学時代、自宅から大学まではトータルで1時間半かけて電車で通っていた。

その中で自宅から最寄り駅までは自転車で15分くらいかかった。

 

 

ある日、その時は速く家に帰りたかったのか、一生懸命ペダルをこいでいた。

直線の道があったので、そこから加速していって、かなりのスピードに到達した。

「よし!これで楽に進める!」と思ったら、スピードが速い分速く進んでしまい、すぐに次の90°に曲がる曲道に来てしまった。

 

 

今のスピードでは到底曲がることができないので、もちろんブレーキをかけて減速する。

そうして90°に曲がって、再び一生懸命ペダルをこぎ出した時に、このようなことを考えた。

 

 

「今さっき一生懸命ペダルをこいで加速したのに、曲がり角になったら曲がらないといけないから、減速するしかないな。

そうするとせっかく加速したのに、ブレーキをかけないといけないから、もったいないな。(‘Д’)

加速するためにこいだ分が、ブレーキをかけることで無駄になった。

 

 

そう考えると、どこかへ進む時は『なるべく曲がらない方がいい』んだな。

一直線で進んでいく方が、一番速く目的地へ到着できるんだな。

これは当然な話ではあるけれど、ああ、物事というのはこうなんだな。

仕事や勉強もそうだろう。

Aをしていて、次にBのことをしようとすると、当然Aはやめないといけないし、Aしていたことから減速しないといけない。

そうするとせっかく加速したのに、もったいないことになるんだな。

勉強や仕事をする時は、なるべく曲がらないように、曲がる回数を少なくした方がいいんだな」(´・ω・`)

ということを考えた。

 

 

例えば英語を勉強していると、だんだんそれに集中してくる。

そして脳が「英語を勉強する脳・思考回路」になってくる。

しかしそこから次に数学を勉強しようとすると、

一旦英語の集中は減速して、「英語の思考回路」も減速しないといけなくなる。

そうするとせっかく英語脳になるまでペダルをこいで加速したのに、ブレーキをかけるからもったいないことになる。

 

 

この法則から考えると「時間はなるべく一つのことに集中して使った方がいい」という結論に達するようになる。

 

 

英語15分勉強して、数学15分、また英語15分、数学15分やるのと、

英語30分、数学30分やるのは、

時間的には同じ時間だけ勉強したことになるが、

実際能率という点から言うと、全然違うことになる。

 

 

だからと言って一日中英語を勉強していると飽きてくるなど、別問題が生じてきそうだが、(‘Д’)

それでもこの法則からすると、

数学1日、英語1日勉強できるなら、それだけ一つのことに集中して時間を使った方がいいという話になる。

※ただ、経験上、好きでないと嫌になってできなくなりそう。(^^;

 

 

やる時にやってしまうこと

 

師匠から常々「やる時にやってしまいなさい」と学んできた。

 

 

ごはんも、炊いている途中でやめたらどうなるだろう?

<ごはん>でも、<おかゆ>でもない物になって、食べられなくなる。(‘Д’)

おかゆを得ようとするなら、それでも最初から「おかゆを作ろう」と思って作ってこそ、おかゆを作ることができる。

 

 

ごはんを炊いている途中で

「ちゃんと炊けてるかな??(´・ω・`)」

と炊飯器の蓋を開けてしまったら、ちゃんと炊けるものも炊けなくなる。

 

 

文章も、書いている途中でやめて、15分休憩してから続きを書こうとすると、すぐには書けなくなる。

今まで書いた文章を読み返してみて、そこに<考えを集中>する時間が必要になる。

(これを応用して、今まで書いた文章を新しい視点で見るために、一度書くのをやめて寝かせるという方法を使う時はある。)

 

 

マラソンも、走っている途中で疲れて休んでしまうと、逆にまた走り出すのが辛くなる。

だからマラソンで大事なのは「休まないで、持続的に一定のペースで走ること」だというのは、マラソンを走ったことのある人なら経験則として感じるところだ。

 

 

30分寝て、起きて、何かをして、また30分寝るのと、

1時間まとめて寝るのでは、睡眠の深さが全然異なる。

 

 

少し潜って、浮上して、また少し潜っていたら、

いつまで経っても海の底に到着できない。(‘Д’)

そうしたら海の底にあるサンゴや貝、貴重な得るべき海の幸を得られない。

 

 

このように全ての理致、法則を見る時

「やる時にやってしまうこと」

「手がけた時に、一通り終わらせてしまうこと」

は本当に賢い方法だということが分かるようになる。

 

 

 

教訓

 

私たちは一日に多くのことをする。

一つのことをずっとしている訳ではなく、多くのことをしないといけない。

なので「時間を分けて使う」しかないのは仕方がないことだ。

 

 

だからこそ「どう分けて使うのか?」「何に、どれくらい時間を使うのか?」ということは、私たちの戦略を練るべきテーマだ。

 

 

やる時、手をかけた時に「ある程度のところまで」終わらせてしまうこと。

 

 

何か仕事や勉強を始めたなら、

途中でスマホを見たり、(・∀・)

テレビを見たり、

机の片づけを始めたり、

立ち上がって運動をしたりしないで、

ある程度そのことがひと段落つくまでは続ける人が、

能率よく仕事を進める人なのだろう。

 

 

自分はこれをやってみようと日々心掛けているが、

やってみると分かるが、これが本当に難しい。(+_+)

 

 

途中で休憩をいれたくなるし(必要な休憩はもちろん必要だが)

スマホが気になったり、途中で別のことをしたい衝動に駆られることが多い。笑

そのことに集中して最後までやってしまうというのは、意外と難しいものだ。

 

 

今日もこの文章を書き始めて、今40分くらい経った。

途中ちょっと手が止まりかけたが、自分で書きながらそれを実践できていないのも恥ずかしいので、(^^;

集中して最後まで書いた。

恐らく途中で休憩してから、また書き始めたら、1時間以上軽くかかってしまっただろうと思う。

(もちろんその分いい文章が書けるとは思うのだが)

 

 

 

今日は小さい体験から学んだ理致と法則を、他のところにも応用してみる話を書いた。

是非あなたもチャレンジしてみてもらえたらと思う。

その<難しさ>と、またその<威力>を感じてもらえたら幸いだ。

 

 

 

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