父の「いつもや」に込められた意味

 

アンニョンハセヨ~、シンジュンです。(・∀・)

 

 

人が生まれると最初は必ず親の保護下にありますが、いつかは<自立>するようになります。

<自立>にも「経済的自立」「精神的自立」などいくつか種類があります。( ˘ω˘ )

 

 

子供を育てる目的の一つが<自立させること>だという話は以前書きました。(*‘ω‘ *)

参照「教育:<自立した人>に育てるために大事なこと①」

 

 

ある時「あ、(父親は)自分が自立したことを認めてくれたんだな」と感じた出来事がありました。(‘∀‘)

大それた話ではなく、小さいことではあるのですが、印象に残っています☆彡(*‘ω‘ *)

 

父親と子供

父親の口癖

 

両親の教育方針は「あなたたちの人生だから、あなたたちが自分で決めて生きていきなさい」という感じでした。

そのため過干渉してくることはなかったですが、いい感じの距離感で見守ってくれていたのだと思います。( ˘ω˘ )

 

 

そういう教育方針のおかげか、「親離れ」つまり「精神的自立」は早かったなと思います。( ˘ω˘ )

親離れの明確な定義が分からないので何とも言えませんが。(;’∀’)

 

 

 

昔、家族で外食をする際には、当然と言えば当然、父親が全額払ってくれる訳ですが、

母親はいつも「お父さんが(お金を)出してくれているのよ」と念を押しました。( ゚Д゚)

「当然だ」と思わないようにという教育だったのですが、

そのため毎回父親に「お父さん、ご馳走様でした」と言っていました。

 

 

それに対する父親の返答は、

毎回必ず「いつもや」(関西弁風)でした。笑( ´艸`)

 

 

和訳すると、

「今回の食事だけを俺が払っているのではなく、お前たちが普段家で食べている食事も、お父さんが外で働いて稼いだお金で食べているんだぞ。いつものことだ。」

という意味合いであることは、子供ながらに理解していました。( ˘ω˘ )

 

 

恩着せがましい感じではなく、

父親なりのジョーク交じりの照れ隠しでした。笑

 

 

「まあ、それはそうだよね」と思いつつ、

毎回毎回、外で外食して父親が払ってくれた後には、必ずお礼を言っていました。

そして毎回父親の答えは「いつもや」の一言でした。笑( ´艸`)

 

テーブルとコーヒーカップ

独立してから

 

そうして歳月が過ぎ、私自身も家を出て独立して、経済的にも自立するようになりました。(・`д・´)

 

 

「会社の初任給で親へのプレゼント」みたいな話はありますが、

私は両親を二人では行かなさそうなちょっといい雰囲気のお店に連れて行って、コース料理をご馳走しました。(*’▽’)

 

 

そうして数年が過ぎたある時、久しぶりに家族で集まって外食をしました。

そして食後、またいつも通り(?)父親が会計をしてくれました。(‘ω’)

 

 

そして久々ではありましたが、いつも通り「ご馳走様です」とお礼を言うと、その時父親が一言。

 

 

「んー」(‘ω’)ノ

 

 

 

・・・

瞬間「お?」と違和感が。(;’∀’)

 

 

今まではずっと「いつもや」の一点張りだった父親が、

素直に(?)「んー」と返してきたのは初めてでした。(‘;’)

 

 

その時「あ~、もういつも父親に食べさせてもらっている自分ではないから、ご馳走様というお礼を「んー」とそのまま受け取ったんだな」と分かりました。( ˘ω˘ )

 

 

この<一言>で、自分が自立したと、父親が認めてくれているんだなということが分かりました。( ˘ω˘ )

 

 

長い時間を共に過ごした家族だからこそ、

こうした微妙な<一言の違い>から、

いろいろな心情が分かったりするのですね。(*‘ω‘ *)

 

 

自立したからこそ、

今度は逆に両親からお礼を言われた時、

「いつもや」(関西弁風)と返せる日が来るように、頑張ります。( ´艸`)

 

 

【今日の一言まとめ】

「いつもや」を和訳すると「今回の食事だけを俺が払っているのではなく、お前たちが普段家で食べている食事も、お父さんが外で働いて稼いだお金で食べているんだぞ。いつものことだ。」という意味。

父親と子供と線路

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