上沼恵美子さんへの暴言問題を批判できるのか?



イランカラプテ~、シンジュンです。(・∀・)



最近M-1グランプリの流れで、とろサーモンの久保田かずのぶさんと、スーパマラドーナの武智さんが、審査員だった上沼恵美子さんに暴言を動画配信したと問題なりました。(;_;)


予想以上に大きな波紋を呼んだこの問題でしたが、
今朝のニュースでは「上沼側が騒動終結を宣言」とあったので、これから落ち着いてくるのでしょうか。( ˘ω˘ )


暴言を動画配信した二人が悪いことはもちろんのことですが、
今回の騒動を見ながら、予想以上にネットでの批判が大きかったように思います。


今回のことを通して、ネットで誰かを批判する、評論する在り方について考えさせられました。( ˘ω˘ )



誰かを評論・批判する前に


同じことを繰り返しますが、
暴言を動画配信したこと自体は、もちろん責められてもおかしくない事です。( ˘ω˘ )
そのこと自体は否定できないのですが、、、


私が問題だと感じるのは、暴言を配信した二人に対する<批判>でした。( ・`д・´)


「批判されることをしたのだから、批判されても仕方がないのではないか」という考え方もあるとは思いますが、


しかし今、もう一度考えてみたいのが、

「自分自身に、彼らを批判する<資格>はあるのだろうか?」

という問題です。( ˘ω˘ )


彼らが暴言(悪口)を言ったことに対して批判する人たちは、
自分自身は全く暴言を言ったことがない人たちなのでしょうか?( ・`д・´)


人の悪口を、表でも裏でも一切言ったことの無い人たちなのでしょうか?( ・`д・´)


暴言を言われた上沼恵美子さんご自身が怒って、彼らを批判するならまだしも、
明らかに第三者である私たちが、そこまで二人を批判できるのでしょうか?


暴言を言ってしまった二人が全く反省していないというような状況ならば、
「おいおい、それはダメでしょ」と諭す意味で、二人を批判することはありうるかもしれませんが、
二人とも反省しているのならば、二人と上沼恵美子さんの間で解決されるべき問題なのではないだろうかと考えさせられました。( ˘ω˘ )


他人を批判する前に自分自身を振り返る


中学校の数学の教科書に必ず出て来る「タレスの定理」を発見した古代ギリシアの哲学者タレス


ある日、彼の弟子がタレスに質問しました。


「先生、人生で一番易しいことは何ですか?」


それに対するタレスの答えはこうでした。

タレス「それは、他人に忠告することだ」

タレス
(この人がタレス)















また別の話で、
世界的に有名な本<聖書>の中にこういう場面があります。( ˘ω˘ )


イエス・キリストの前に、ユダヤ人たちがある女性を引っ張って来て、イエス・キリストに言いました。

「先生、この女は姦淫の場で捕まえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石で撃ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか?」

ヨハネによる福音書8章4節

それに対してのイエス・キリストの答えは一言でした。

「あなた方の中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」

ヨハネによる福音書8章7節


それを聞いたユダヤ人たちはどうしたのかを見てみると、、、

これを聞くと、彼らは年寄りから始めて、ひとりびとり出ていき、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。

ヨハネによる福音書8章9節

と書かれています。

つまり!!
その場にいた人たちの中で「モーセの律法」に違反していない人が一人もいなかったということですね。( ˘ω˘ )


「自分たちも律法を犯しているのに、どうしてこの女性を罰することがあなたたちにできるのか」ということでした。( ・`д・´)



この視点、この姿勢を、私たちも考えてみるべきではないでしょうか?( ˘ω˘ )

(マグダラのマリア)

他人に忠告(アドバイス)する時に注意すること


私は仕事柄、人にアドバイスすることが多いのですが、
その時に必ず気を付けていることがあります。(‘ω’)

それは、
100%相手を思いやる心で言うこと
です。(*‘ω‘ *)

「そんなの当たり前じゃん」と思われるかもしれませんが、
実際にやろうとすると、なかなか難しいものです。( ˘ω˘ )


相手のために言う「アドバイス」というよりは、
自分が言いたくてぶちまける「批判」になってしまいがちです。(;_;)


以前「怒ることと叱ることの違い」について書きましたが、
まさに「怒ってしまう人」が多いのが実情です。


インターネット上で暴言を言ってしまった二人を痛烈に批判していた人たちの中で、「彼ら二人のためを思って発言した人たち」「二人の間違いを諭すために発言した人たち」は一体どれくらいいたのかなぁと考えてしまいます。( ˘ω˘ )


その点、二人の先輩に当たる方々も二人に対するお叱りのコメントをおっしゃっていましたが、叱りつつも<思いやり>を感じるコメントだったなと思います。(‘ω’)


今田耕司さんは「僕史上、最大の雷を落としますよ」というようなことをおっしゃっていましたが、単純に二人の間違いを責めるというよりは、二人を守ろうとする心が感じられました。あくまで個人的に、ですが。(‘ω’)

多くの人に見られる舞台の上、芸能界という世界は、そういう意味では本当に過酷な世界だなと思います。(; ・`д・´)


「人のふり見て我ふり直せ」と言うと言い過ぎですが、
人を批判ばかりするのではなく、自分を顧みるきっかけになれば、もっとインターネットという場所も、もう少し居心地のよい、発展的な場になるのではないかと思いました。(*‘ω‘ *)


【今日の二言まとめ】

1.人を責める前に、自分を顧みる

2.タレスの定理とは「半円に内接する角は直角である」というあれ

ボクシングけんか

【関連記事】

祖母に聞いてみた「子供と孫とひ孫の違い」~叱ることと怒ること~

一生抜けない棘について@妙見浦


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です