本質とは何か?~もしも地球が公転面に対して23.4°傾いていなかったから~

本質とは何か?~もしも地球が公転面に対して23.4°傾いていなかったから~

 

タイトルを見ると「一体何のこっちゃ??」という感じの記事。笑

「本質とは何か?」という難しいテーマに挑戦しつつ、続けて書いている。

 

 

今回は、高校時代のちょっとしたメモ書きから、

「あー、意識はしていなかったけれど、自分は昔から本質を探していたんだな~」(-ω-)

と感じたエピソードと、その内容をご紹介したい。

 

 

高校時代のメモ書き

 

昔から、自分にとって「生きること」は「考えること」だった。

心臓が動いていて、体が動いていても、<考えない人>は死んでいるのと変わらないと思っていた。

 

 

そのため昔からいろーんろなことを考えていた。

考えるだけならタダで、それほど体力も使わない。笑

(だから昔からクイズみたいなものは好きだった。

なぜなら考える材料になるからだった。)

 

 

そうやって考えていると、何かしら「結論」に至るようになる。

(あくまで自分なりの結論だが)

その結論が面白かった場合は、手帳などにメモしていたことがあった。

特に誰かに話すことは無かったが、自分なりに面白いなと思ったことをちょこちょこメモしていた。

 

 

2~3年前に部屋を整理していた時に、ふとその時のメモを見つけるようになった。

もう必要ないので捨てることにしたが、最後に中身を見てみることにした。

 

 

「へ~、昔の自分はこんなことを考えていたんだな~」(*‘ω‘ *)

 

 

10年以上前のメモ書きを見るのはなかなか面白かった。

結論だけが短く書かれているので、他の人が見ると分かりにくいが、

書いた本人はもちろん自分で書いたので、何が言いたいのか分かる。

 

 

そのメモをペラペラめくっている中にあったのが、次の一文だった。

 

 

「<晴れ>と<袈>という概念は、地球が公転面に対して23.4°傾いていることから生じる」

 

 

書いた本人は意味が分かるので

「お~、なるほど~、これは面白いな。こんなことを考えてたのか」

と過去を思い出す。

これを見た時に、

「ああ、当時は別に意識していた訳ではなかったけれど、

昔から物事の<本質><根本>を考えようとしていたんだなぁ」( ˘ω˘ )

と改めて思った出来事だった。

 

 

<根本>を考える一つの例として、この一文を説明しておくことにする。

最後までお付き合い願いたい。

 

 

<晴れ>と<袈>という概念

 

まず<晴れ>と<袈(け)>とは何か?

これは<非日常>と<日常>という意味だ。

 

晴れ=非日常

よく「晴れ舞台」と言ったりする。

これはつまり「日常には無い、特別な舞台」という意味。

 

 

逆に「袈=日常」という意味。

よくお坊さんが普段着る服のことを「袈裟」(けさ)と言う。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざにも出てくる。

これはお坊さんが日常で普段着る服という意味だ。

 

 

古い言葉遣いだが「褻にも晴れにも~云々」と言ったりする。

これは「日常でも、非日常でも、いつでも~云々」という意味。

 

 

なんとなく

クリスマスやお正月は「晴れ」な感じがするし、

本日9月13日は「袈」な感じがする。

(9月13日が誕生日、結婚記念日だったりする方々には「晴れな日」になると思われるが)

 

 

さてこれを踏まえた上で…

 

 

地球の自転軸と公転面

 

さてもう一つ「公転面」についても一応確認しておこう。

 

 

地球は太陽の周りを公転している。

基本的に宇宙全体を見渡した時に、惑星の周りを衛星が回ったり、惑星が回ったりしていることは限りなくあるが、

その公転軌道は「楕円」であることが多い。(超厳密に言えば全部楕円だが)

太陽系でも彗星はかなり大きく楕円軌道を描いて公転している。

 

 

しかし地球は驚くほど太陽の周りを「正円に近い形」で公転している。

これは非常に驚くべきことだ。

(…という話はまた後日)

 

 

公転軌道が含まれる面を「公転面」という。

ある意味、地球は一つの板に乗って太陽の周りを回っているというイメージ。

 

 

さてこの公転面に乗って地球は回っているが、

地球は公転すると同時に「自転」もしている。

コマが回転する時に軸が必要であるように、地球にも自転する軸がある。

それを「自転軸」という。(地軸とも言ったりする)

 

 

この「自転軸(直線)」と「公転面(平面)」がどういう関係にあるかというと、

「公転面に対して自転軸が垂直に立っている」のではないというところが大きいポイントだ。

 

 

実際はちょっと傾いている。(それが23.4°傾いている)

この傾きが、地球の環境において非常に重要な役割をしている。(´・ω・`)

この傾きによって四季が生じるからだ。

 

 

晴れと袈と公転面と自転軸の関係

 

これらを踏まえた上で、もう一度考えてみる。

(これからの話は図があると分かりやすいが、図を作成するだけの労力をかけられなかった…。

誰か良い感じの図があったら下さい。m(_ _)m)

 

 

もし地球が公転面に対して23.4°傾いていなかったら、どうなるのか?(´・ω・`)

 

 

そうすると、地球は公転軌道上のどこにいても「空間的に同等」になる。

太陽から見てほぼ正円で回転しているので、地球がどの位置にいても、空間的に変わらない。

 

 

つまり何が起こるかというと、、、

地球上のどの地点から見ても、太陽は毎日同じ位置から昇り、同じ位置に沈んでいく。

春夏秋冬は生じないし、夏は日中が長く、冬は短いということが無い。

毎日まったく同じ日が続くことになる。

(北極と南極から見れば、太陽はずっと水平線の上くらいに見えて、ぐるぐる回りを回っているように見えるはず。

沈むことはなく、ずーっと昼になる。夜が無いということになる。)

 

 

だから「晴れと袈」という概念が生じなくなる。(´・ω・`)

 

 

そしておそらく「1年」という概念の発見もまた、ものすごーーーく後で発見されることになる。

 

 

どういうことかというと、、、

 

 

「1年」の発見@エジプト文明

 

この「1年」というのは、地球が太陽の周りを一周するのにかかる時間のことだが、

それを地球上でどうやって見つけたのか?

これは今から約6000年前、エジプトで発見された。(当時は四大文明のうちの一つエジプト文明)

 

 

当時エジプト文明は「ナイル川」を中心に栄えた文明だったが、

ナイル川は一年に一回夏になると洪水が起こる。

洪水と聞くと嫌なイメージがあるが、

実際この洪水によって肥沃な土が運ばれて来るため、エジプト文明にとっては必要不可欠なものだった。

 

 

この洪水に備えるために、家なども移動したりするため、土地の所有者が曖昧になってしまう。

それで「土地の測量技術」が向上するなど、文明の発達においても非常に重要な役割を占めていた。

 

 

ある時、洪水は夏に起こるが、大体洪水が起きる頃には、日の出の直前の東の空に、地上から見える最も明るい星シリウスが強く輝いていることに気が付いた。

(太陽が昇る位置を観察し続けたという説もある)

 

 

もし地球が公転面に対して傾いていなかったら、毎日日の出の直前には東の空にシリウスは昇るし、

太陽は毎日同じところから昇り、同じところに沈むので、

地球上からは、この「1年」を発見することができない!!Σ(・□・;)

 

 

そうなるともう「1年」を発見するためには、

宇宙船で宇宙に出て行って、地球の公転をずっと観察し続けて、

「あ!今一周した!!」( ..)φメモメモ

と計測するしかない。

 

 

そのため今21世紀だが、恐らく最近になってようやく「1年」が見つかったくらいかもしれない。。。

いや、そもそも「1年」が見つからず、カレンダー(暦)も作られないので、人類の文明の発展はものすごく遅くなったかもしれない。

恐らくカレンダーと言っても、ある日を基準にして、

「あの日から○○○日目」というカウントしかできなかったはずだ。

 

 

「1年」が無いから、誕生日という概念もない。

生まれた日というものはあっても、その日がまた来ることは無かっただろう。

「私は○○日目に生まれたの!」ということはあっても、その日がまた来ることはない。

だから「記念日」というものは全て無くなってしまう。( ゚Д゚)

 

 

春に花見を楽しみ、夏に水泳、秋に紅葉、冬にスキーを楽しむこともない。

春の国はずっと春で、夏の国はずっと夏だからだ。

一つの国に四季折々が生じることはない。

 

 

お正月も、クリスマスも、バレンタインも、夏至も、冬至も、

誕生日も、お爺さんの何回忌も、会社設立何周年も、結婚記念日も、

なーーんにも無くなってしまう。( ゚Д゚)

 

 

このように「晴れと袈」つまり「日常と非日常」という概念もなくなってしまう。

 

 

こう考えてみると、

「地球が公転面に対して23.4°傾いていること」が

どれほど大事なことなのかが見えてくる。(-ω-)

 

 

※ちなみに、細かい話になるが、

地球の自転軸が公転面に対して「とにかく傾いていればいい」のではないことも分かっている。

23.4°という具合がちょうどいい。

 

 

もっと傾くようになると、

夏は今よりもっと暑く、

冬は今よりもっと寒くなる。(‘Д’)

 

 

今でも十分暑くて寒いのに、もうこれ以上は是非とも勘弁してもらいたい!!(‘Д’)

 

 

つまり、23.4°くらい傾いてくれているから、ちょうどいい感じで私たち人間が暮らしていけるのだ。(*‘ω‘ *)

 

 

これを考えるようになったけっかけ

 

「<晴れ>と<袈>という概念は、地球(の自転軸)が公転面に対して23.4°傾いていることから生じる」

という一文を説明しようとして、ここまで長くかかってしまった。

 

 

最後になぜこれを考えるようになったのかだけ書いてみる。

 

 

恐らく前にも書いたように、

1月1日(お正月)は何か特別な感じがして、

9月13日は特に特別な感じがしない。

(誕生日などの人は別だが、一般的に)

 

 

「同じ<日>なのに、どうして違いが生まれるんだろう?」(‘;’)

という素朴な疑問から始まったと思われる。

 

 

そうやってずっと根本をたどっていくと、結局それは

「地球の自転軸が公転面に対して傾いているから生じるんだ」

という<結論>に至り、

「晴れと袈」という概念からスタートして、

たどり着いた「地球の自転軸と公転面の関係」という結論のギャップが面白かったので

一文だけメモしたのかなと。

 

 

(「どんだけ暇だったんだ!」というツッコミが聞こえてきそうだが。。。笑)

 

 

単純に「地軸が公転面に対して23.4°傾いている」という事実だけを聞いても

「ふ~ん」(‘Д’)

くらいで終わるだろうが、

こうして深く考えて見ると、とても<神秘的><非常にありがたいこと>なのだということが見えてくる。

 

 

本質を突き詰めていくと、

物事というのは不思議なことが多いなと感じるようになる。

 

 

身の回りには「面白いこと」「不思議なこと」「神秘的なこと」がたくさんある。

ただ「本質を見る目」が無ければ、その不思議さ・神秘さ・面白さが見えてこない。

 

 

人生を面白く生きている人とは、

きっと「本質を見る目」を身に着けた人なのだと思う。

 

 

長くなってしまったが、

最後までお付き合い頂き、感謝。m(_ _)m

 

 

 

 

本質とは何か?~もしも地球が公転面に対して23.4°傾いていなかったから~” に対して1件のコメントがあります。

  1. きりこ より:

    視点が面白いです(笑)

    晴れの日が好きな私は
    地軸が傾いてることに
    感謝するしかありません!

    1. シンジュン より:

      コメントありがとうございます♪(*‘ω‘ *)

      当たり前に思っていることが、実は当たり前でないということはよくありますね。
      実は地軸の傾きに感謝する日が来るとは。笑

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