数学から学べること⑦~絶対に正しいことはあるのか?~

数学から学べること⑦~絶対に正しいことはあるのか?~

 

数学から学べる本質的な思考を、人生の他のところに応用する「数学から学べることシリーズ」第7回

今日のテーマは「絶対に正しいことはあるのか?」について考えて見たい。

 

 

人と接する中で、多くの人の言うことが

「絶対に正しいことなんて無い!(がおーー)」(‘Д’)

という。(「がおー」とは言わない)

 

 

「それは絶対に正しいのか??(がおー)」(‘Д’)とパラドックス的な質問をしてみたくなるが、、、

(「がおー」とは言わない)

 

 

さて、これについてはどのように考えたらよいのだろうか?(‘;’)

 

 

数学においては、抽象度が高く、扱うものも「数学的に取り扱えるものだけ」なので、十分「正しい」「正しくない」という議論ができる。

しかし私たちが生きていく上では、そう全てが「正しい」「正しくない」と判定することは易しくない。

 

 

これについて、いつもの通り、まずは数学を通して本質的な(論理的な)考え方を見てみたい。

 

 

空集合かどうか

 

数学において、ある集合を定義した時に、

定義したはいいものの、実は中身が全く無かった…(‘Д’)

ということはままあること。

(これを空集合といい、記号では「\phi」と表す)

 

 

例えば、

X=\{x\in \mathbb{R} \mid x^2=-1  \}

と定義自体はできる。(\mathbb{R}は実数全体の集合)

しかし実際「 x^2=-1 」を満たす実数はないので、Xは空集合になってしまう。

こうやって定義した集合Xを用いて議論を展開しても、それは<机上の空論>ということになる。

 

 

そのため集合を定義した場合、

「それ、空集合じゃん?」|д゚)

と突っ込まれないように確認しておくことは必要なことだ。

数学の論文などを書く時には大事なことになってくる。

 

 

空集合でないことを言うためには

 

では今、仮に以下のような、かなりややこしそうな集合を定義してみる。

X=\{x\in \mathbb{R} \mid \frac{x^7-x^5+3x^2+x+1}{2x^2-x+1}>x^2-1  \}

 

 

このように集合Xを定義した場合、

これが「空集合ではない」ということを言うためには、どうしたらよいのだろうか?

 

 

これはある意味とても簡単で、

集合Xに属する要素を1つ持ってくればいい。

 

 

ポイントは「1つ」でいいという点。

集合Xに属する要素が1つでもあれば、もう空集合ではない。

 

 

X=\{x\in \mathbb{R} \mid \frac{x^7-x^5+3x^2+x+1}{2x^2-x+1}>x^2-1  \}

に属する要素を1つ見つけたい。

(もう少し言えば、

\frac{x^7-x^5+3x^2+x+1}{2x^2-x+1}>x^2-1

を満たす実数x1つ見つけてくればいいということになる。)

 

 

さて、あなたならどのように見つけるだろうか?(‘;’)

 

 

極端な例、自明な例を探す

 

ここで数学的な感覚を持っている人はどのように考えるかというと、

とても「自明な例、極端な例」を考えるものだ。

 

 

上の場合だと、

\frac{x^7-x^5+3x^2+x+1}{2x^2-x+1}>x^2-1

x=0を代入してみると、

\frac{1}{1}>-1

となって、ちゃんと不等式が成立している。

よって0\in Xと言える。

 

 

これで終わり!(-ω-)/

 

 

1つでも要素があればいいので、これで集合X空集合ではないことが分かった。

 

 

ここで議論が終わらずに、この後はどうなるかというと、

「1つ」あることは分かったので、

あとは「いくつあるのか、どれくらいの範囲がXに入るのか?」という議論になってくる。

これを知りたければ一生懸命「\frac{x^7-x^5+3x^2+x+1}{2x^2-x+1}>x^2-1 」の式を解いていかないといけなくて、

解き始めると今年が終わりそうなので、もうここでやめておくことにしたい。(´・ω・`)

 

 

つまりここで言いたかったことは何かというと、

ある集合Xが空集合でないと言いたいので、1つ要素を見つけてくればいいが、

それは「まずは極端な例、自明な例を探してみる」ということだ。

ここでわざわざ、

「う~ん『x=\frac{1}{2}』はどうだろう?」と

わざわざそんなややこしい数字を代入してみようとする勇者はいないだろうと思う。(‘Д’)

 

 

誰でもまずは「x=0,1」あたりから攻めていくのがセオリーではないだろうか。

これはある意味とても自然な発想だと思える。

 

 

お試しでもう少しだけやってみると…

 

一応念のため、試しに「x=1」を代入してみても、実際上の式は成り立つ。

そのため「1 \in X」であることも分かる。

 

 

そうすると

「0と1が入るなら、0から1の間の数は入るんじゃん??」(‘;’)

という気はしてくる。

厳密に計算してみる気には到底なれないので、誰か証明できたら是非教えて頂きたい。

 

 

(2017/09/20追記)

後日、コンピューターで計算させてみたところ、以下の結果が得られた。

結果は「x>-1.23741」になった。

つまり「X=(-1.23741,\infty)」であることが分かった。

予想通り[0,1]\subseteq Xだった。(*‘ω‘ *)

 

 

 

絶対に正しいことはあるのか?

 

何が言いたいのか、勘の鋭い方々はすでにお気づきだと思われるが、

「絶対に正しいことはあるのか?」ということを考えるならば、

絶対に正しいことを1つ挙げれば、それで「ある」と結論づいて終わることになる。

これが「論理的な思考」だ。

この「1つ」を挙げることが簡単ではないが。

 

 

ここでも、この「1つ」を考える時に、

ややこしそうなことを考えるのではなく、

「自明な例、極端な例」を考えることが知恵ある方法だという話はした。

 

 

今は1つこの例を挙げてみたいが、、、

 

 

自分は「他人を殺してはいけない」と思う。(´・ω・`)

 

 

ここにも、もちろん賛否両論の余地はあると思われる。

ある人は「え?戦争の時は人殺すじゃん」(-ω-)と言う人もいる。

しかし自分は「戦争の時でも、人を殺してはいけない」と思う。

(これはあくまで自分個人の意見なのであしからず)

 

 

「じゃあ正当防衛はどうなんですか?」という人もいるのではないかと思うが、

そのあたりは「本当に相手を殺さないといけない状況だったのか??」みたいな話になり、

ケースバイケースになってくるので、一旦保留にしたい。

 

 

ここで今仮に「人を殺してはいけない」ということが「絶対に正しいこと」だとすれば、

1つあるので、一旦「ある」という結論で終わる。

 

 

ここで話が終わったら、何も言っていないに等しい。

ここで話は終わらない。

そうなるとどうなるのか?(‘;’)

 

 

 

1つある訳なので、あとは上の例の通りに

「1つだけなのか?」

「どの範囲までが絶対に正しいことで、どこからがそうではないのか?」

という議論に入っていくことになる。

その線引きをする必要が生まれてくる。

<基準>を探す必要が生まれてくる。

 

 

この<基準>を見つけようとすると、とても大変だ。

上の例でも、いくつか要素を見つけてくることはできたが、

正確なラインを見つけてくるためには、あの複雑な式を解いてみないといけないので、

もう是非とも勘弁してもらいたい気持ちになる。OTL

 

 

何が言いたかったというと、

「1つある」ということが分かると、

次はもっと正確な「線引きはどこなのか」のような議論に入っていくことになり、

これがとても大変だという話。

 

 

昔の母親との会話

 

自分は昔から「はっきり分かりたい人」だったようだ。

そのため昔から母親に

「あなたね、絶対に正しいことなんて無いのよ!」と言われてきた。

 

 

大学生の時、母親と話していた時に、またそういう話になった。

その時いつもの通り、

「あなたはいつもそうやって正しいとか、正しくないとか言うけど、

世の中に絶対に正しいことなんて無いの!!」(‘Д’)

と言われた。

 

 

それで自分は

「でも人を殺してはいけないよね?」

と言うと、母親は

「またそういう当たり前のことを言って!!怒」

と怒られた。OTL

とてももどかしい思いをしたことがある。

 

 

母親としては「そんな当たり前の例を挙げるなんて卑怯ね!!」みたいな感じの発言だったが、

今まで話してきたように、

まずは「自明な例、極端な例」を考えることが自然な思考だ。

しかし上のような話をぜーんぶ母親にする訳にもいかないし、

聞きたいとも思わないと思うので、黙るしかなかった。

 

 

上の発言からするに、母親も「人を殺してはいけない」ということは正しいと思っているようだ。

 

 

「1つ」でもあるなら、

あとは「では、<正しい><正しくない>の基準はどこにあるのか?」という話に入っていくことになる。

 

 

自分が「人を殺してはいけないよね?」と言ったのは、つまりは

「1つでもあるなら、どこかに基準があるはずじゃないか。

でもそれを考えもしないで、ただ『絶対に正しいことなんて無い!』とばかり言っているのは、

理論的に考えても変な話じゃないのか。

決めつけないで、もっと考えてみるべきじゃないのか」(´・ω・`)

ということを伝えたかったのだが、

それを伝えるのは、紙の残りの余白があまりにも足りず、断念した。OTL

 

 

結論

 

今日も一つ、数学から学べる「本質的な考え方」「論理的な考え方」をご紹介して、その応用を考えてみた。

この他にもこのようなことは多々あるので、参考にして頂ければ幸いだ。

 

 

物事の本質は「物事を極端にしてみる」と見えてくることが多い。

深く考えないまま、なんとなくで決めつけてしまわずに、

もう少し本質を探してみる私たちになりたいと思う。

 

 

 

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数学から学べること⑦~絶対に正しいことはあるのか?~” に対して1件のコメントがあります。

  1. あずま より:

    頭ごなしにああだこうだと言われ、矛盾してる姿を見るたびに、心が痛く、悲しくもあり、むしろ
    可哀想だなと憐れみを感じた記憶を思い出す。

    1. シンジュン より:

      そういう時もありますね。

      そういう時こそ、反面教師ではないですが、「自分もそのようにしているのではないか」と振り返る機会にしたいですね。(´◡`๑)

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