数学から学べること③~式は<文章>だ~

数学から学べること③~式は<文章>だ~

 

数学から学べること第3回目。

今日のテーマは「式は<文章>だ」

 

 

数学が苦手な人に多いのが「あの数式、見ているだけで気持ち悪い」という人。(‘Д’)

恐らく「(何が書いてあるのか)分からないから」気持ち悪いのだろう。

 

 

大学時代は自宅から大学まで1時間半かけて通っていた。

ある日、家で勉強していた時、ふと冗談半分で母親に、

「お母さん、これ見て。こういう勉強しているんだよ」

とノートを見せた。

 

 

その時の母親の答えは、

 

 

「あら、かわいいね」(´・ω・`)

 

 

と一言言って作業に戻っていった。。。

 

 

か、かわいい。。。(‘Д’)笑

 

 

母親は小学校の鶴亀算でつまずいた人間なので、数学とは程遠い世界を生きてきた人だ。

数学の記号などは全て「絵」なのだろう。

なかなか洒落の利いた返しで気に入った。( ´艸`)

 

※当時のノート

 

式は<文章>だ

 

前回は「数学も国語も音楽も<表現の学問>だ」という話をした。

今日は「式は<文章>だ」という話を書こうと思う。

 

 

式は文章だ。

例えば以下のような状況があったとする。

 

 

この状況を文章で表現するとすると

「赤ちゃんが人形を見て笑っている」

と表現できる。

これをアラビア語の文章で表現すると

「طفل يضحك على دمية」

になる。

しかしアラビア語を知らない人たちには、「طفل يضحك على دمية」はもう読み方も何も分からない絵にしか見えない。(‘Д’)

数式もこれと似ている。

「何か表現したいもの」があって、それを<数学的に表現しているもの>が「数式」だ。

 

 

 

まず基本として、式(いわゆる等式)というのは、

(右辺)=(左辺)

という形をしている。

 

 

今この文章の読み方は

「(右辺)と(左辺)は等しい」だ。

 

 

ここで大事なことは、基本的に、

(右辺)は「分からない未知なこと」「知りたいこと」で、

(左辺)は「分かっている既知なこと」「知っていること」で構成されている点だ。

もちろん式によってはそうなっていない場合があるが、そういう場合は式を並び替えて、

「分からないこと」=「分かっていること」の形にしてしまうことだ。

こうすることで、この文章を読むと、

「あ~、分からなかった右辺って、左辺なんだなー」( ˘ω˘ )

と分からなかったことが分かるようになる。

 

 

例えば今<x>が分からない数で、

a,b>は分かっている数だとする。

その状態で、

    $$x=2a+b$$

という式を見ると、

「あー、<x>って分からなかったけど、<2a+b>だったのか~」と分かるようになる。

 

 

具体例①

 

式は文章なので、式変形すると<文章>が変わる。

 

 

例えば、

「太郎君の後ろを花子さんが走っている」

という文章があった場合、これは

「花子さんの前を太郎君が走っている」

と言っても、同じことだ。

文章としては異なるが、本質的に同じことを言っている。

 

 

式にもこれと同じようなことが起こる。

 

 

例えば超簡単な例を挙げると

    $$x=y-1$$

という式があるとする。

これは文章にすると、

「<x>は<y>より1小さい」

と読める。

 

 

しかし上の式をちょっと移項して、左右を逆にして、

    $$y=x+1$$

にする。

これを文章にすると、

「<y>は<x>より1大きい」

と読める。

 

 

「<x>は<y>より1小さい」

「<y>は<x>より1大きい」

この二つは「本質的には同じこと」を言っているが、「文章」としては異なる。

 

 

具体例②

 

もうちょっと高度な例(高校数学レベル)を挙げてみる。

(「もうお腹いっぱい」(´・ω・`)という人は次の章に移ってもらって大丈夫。笑)

 

 

数字の列{a_1,a_2,a_3,...,a_n,...}}があったとする。

この時、各項には以下のような関係があるとする。

    $$a_n=a_{n-1}+1$$

これは移項すると、

    $$a_n-a_{n-1}=1$$

と同じだ。

 

 

しかしこの二つは「本質的には同じ意味」だが<文章>としては違うことを言っている。

 

 

つまり上の式は

「第n番目の項a_nは、一個手前の項であるa_{n-1}に1加えたものになっている」

という文章であり、

二番目の式は

n番目の項a_nと一個手前の項であるa_{n-1}の差は1だ」

もう少しいうと

「数列{a_n}の隣り合う項の差は1だ」

と言っているのと同じだ。

 

 

なので数学的な感覚を持っている人が見ると、

    $$a_n=a_{n-1}+1$$

    $$a_n-a_{n-1}=1$$

この二つの式は「違うことを言っている」文章に見える。

(何度も言うが、本質的には同じ)

 

 

数学的に<式>で考える意義

 

上で二つの例を挙げた。

上の例だと、正直式変形が簡単なので、十分予想できるし、出てきた結果も大したことはない。

しかし実際科学をやっていると、最初の等式から式変形をして、どんどん変形していって、最終的に出てきたものが最初とあまりにも違っていて、「到底本質的に同じことを言っているようには見えない式」が出てきたりする。Σ(・□・;)

 

 

そうした時に「数学で考えること」の意義と価値が見えてくる。

 

 

この感覚が身についてくると、アインシュタインの有名な方程式

    $$E=mc^2$$

の何がすごいのかも見えてくる。

 

 

このあたりの具体例はまたどこかで書くことにしたい。

 

 

 

式は<文章>だ。

だから式を見る時に「この式、この文章は一体何を言っているんだろう?」と考えて見る訓練をすると良いだろう。

この感覚が身につくと、数学の力が更にグンとアップするだろう。

(将来的にはプログラミングにも多大な貢献をする能力になることは間違いない)

 

 

中学生、高校生、大学生など数学を勉強する全ての人たち、

式の羅列にめげることなく、そこに書かれている文章の意味を汲み取っていってもらいたい。

冒頭で述べた「自分の母親」のように、

全ての式が「絵」にならないことを願う。

(そういう楽しみ方もあるかもしれないが。笑)

 

 

 

 

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