数学から学べること⑥~本質を掴む力を日常に応用する~

数学から学べること⑥~本質を掴む力を日常に応用する~

 

数学から学べる本質的な思考を、人生の他のところに応用する「数学から学べることシリーズ」第6回

今日のテーマは「本質を掴む力を日常に応用する」ことについて書いてみたい。

 

前回

「数学は抽象度が高いがゆえに、より<本質的な要素>を取り出さないといけない。

余計なものを取り除かないと抽象化することができない。」

という話をした。

今日は具体的な例を挙げて、更にその思考を他のことに応用してみよう。

 

 

一般化すると

 

数学でよくやることの一つが「一般化」だ。

具体的なものをもっと<拡張>して、<一般化>する。

 

 

超簡単な例を挙げるとすれば、

高校でまず学ぶのが「xy平面」だ。

「xy平面」は(x,y)という実数2つの座標で表現される平面のことを言う。

 

 

その次は「xyz空間」になる。

これも同じく(x,y,z)という実数3つの座標で表現される空間だ。

 

 

そうなると当然「xyz○空間」みたいなのも考えたくなるのが人の情というやつだ。

これは(x,y,z,○)という4つの実数の座標で表現される空間だ。

ただ英語で「z」の次がないので、文字的に困る。(;´・ω・)

なのでとりあえず○で表現しておいた。

しかし4つあるので、いわゆる私たちが日常で知っている「空間」の概念とは違ってくる。

今私たちが住んでいる縦横奥行の3次元空間の延長線上として捉えるため、言葉としては「空間」と表現しておくのが一般的だ。

 

 

ここで、

「じゃあもういくつでもいいじゃーん!」(‘Д’)とツッコミを入れる人がいたら、

x_1,x_2,...,x_n空間」という(x_1,x_2,...,x_n)という実数をn個並べた空間を考えるようになるだろう。

 

 

ここでこの簡単な例を挙げて何が言いたいかというと、

もうこうやって表現してしまえば、

1次元空間だろうが、

100次元空間だろうが、

1億次元空間だろうが、

9999兆次元空間だろうが、

「同じく扱える」という点だ。(-ω-)/

これが一般化のとても嬉しく良いところだ。

 

 

x_1,x_2,...,x_n空間」について調べてやれば、

9999兆次元空間だろうが関係なく、調べることができる。

 

 

 

一般化すると見えてくるもの

 

このように一般化すると見えてくるものがある。

x_1,x_2,...,x_n空間」について調べてやれば、

1次元空間でも、9999兆次元空間でも同じだと言った。

 

 

つまりこれは「本質的に」1次元空間と9999次元空間は違いが無いということを言っている。

(あくまで「x_1,x_2,...,x_n空間」として本質的に違いが無いという意味だが)

 

 

数学では基本的にいろいろなものを一般化するので、

1も1000も1億も全部「n」などと「記号」で表現してしまうため、

あまり「具体的な数字」に触れる機会が減る。

特に大学数学以上になると、もう出てくるのは記号ばかり。

 

 

そのため「数学が得意な人」は「算数が苦手」だったりすることは多い。(´・ω・`)

そのあたりがかなり勘違いされることが多いのが難点。

 

 

「数学が得意」≠「計算が速い」

ということを強調しておきたい。(‘Д’)

「計算速いね」と言われることはあるが、

それは実は計算が速いのではなく、

うまいこと省略して計算しているからに過ぎない、

ということは、裏の話。

 

 

 

話を元に戻すと、

このように「x_1,x_2,...,x_n空間」を考えると、

1次元空間も、125次元空間も、9999兆空間も本質的には同じく扱える。

 

 

そうなると見えてくるものは、

「じゃあ、無限個並べてみたらどうなるの??」|д゚)

という話だ。

「n個なんて景気の悪いこと言わん!いくらでも並べてしまえ~~!」と

(x_1,x_2,x_3,........)と無限個並べた空間、

「無限次元空間」を考えたくなってくるのが人の情だ。(‘Д’)

 

 

 

詳しい話はおいておいて結論だけ言うと、

こいつが非常にややこしい。(‘Д’)

実数を並べただけならまだなんとかなるが、

「関数空間」などを考え出すと、無限次元なため、解析がとっても難しい。

 

 

 

何が言いたいかというと、

このように一般化してみると、

「1と1億」には本質的に違いがないが、

「有限と無限」になると、かなり本質的に違いが生じてくる

ということが分かるようになるということだ。

 

 

 

 

代数学などを勉強したり、素数論などを考えたりすれば「4と7」には本質的な違いがある。

7は素数だが、4は素数ではない(合成数)だという違いが見える。

 

しかしそのような素数論的な観点でなければ、

数学的に「4と7の本質的な違い」はない。

 

 

なので、もしタイトルに「4と7の違い」という数学の論文や本があったら、

恐らく「え??どういうこと??」(@_@)と思って、手にとってしまうに違いないと思う。

 

4と7に無いから、4と1億にもないし、10000000000ともない。

これが「本質を見る」ということだ。

 

 

 

日常への応用

 

今まではかなり数学的な話をしたが、

これを身近な日常の出来事について応用してみよう。

もしこの「本質を見る考え方」が数学だけで使われるものならば、

数学を普段使わない人には特に役に立たないということになってしまう。

しかしそうではないということを伝えたい。

 

 

考えてみよう。

 

 

 

 

ある日、

あなたの目の前に突然死神がパッと現れて、

びっくりしているあなたに向かって、

死神「あなたは1日後(24時間後)に死ぬだろう

と言ったとしたら、どうだろうか??

(とりあえず信じないとかはおいておいて)

 

 

「え~~~!!!」Σ(・□・;)

となって、

 

 

⊂⌒~⊃。Д。)⊃⊂⌒~⊃。Д。)⊃⊂⌒~⊃。Д。)⊃⊂⌒~⊃。Д。)⊃

((((oノ´3`)ノ((((oノ´3`)ノ((((oノ´3`)ノ((((oノ´3`)ノ

 

 

と、すごーくワチャワチャし出すのではないだろうか?

 

 

「いや、まだ死ねなーーーい!

やり残したこといっぱいあるーーーー!!

がおーーーー」(‘Д’)

と叫ぶかもしれない。

 

 

「あ、了解です」( ˘ω˘ )

みたいな人は、かなりの大物か、かなり人生を諦めた人に違いない。

 

 

 

 

しかし考えてみると、、、

 

 

私たちはいずれは死ぬことになる。

これは間違いないことだ。

 

 

ただそれが、

明日なのか、

10年後なのか、

60年後なのか、

の違いだけだ。

 

 

最近は平均寿命が大体80歳くらいなので、

仮に20歳の人だと残り60年くらいは生きることになる。

60年ということは「21900日」だ。

 

 

 

ここで考えてみると、

 

 

「1日後に死ぬこと」と

「21900日後に死ぬこと」に

<本質的な違い>があるのだろうか???

 

 

人はどうして

「1日後に死ぬ」と言われた焦るのに、

「60年後に死ぬ」と言われたら平気なのだろうか?

もちろんそれは

○60年という時間がすごく長いからであり、

○長くて、60年後をイメージできないからであり、

○みんな60年後には死ぬから

だと言えるだろう。

 

 

しかし<本質的>に考えるならば、

1日後に死ぬのも

21900日後に死ぬのも、

違いがないように見える。

 

 

あなたはどう思われるだろうか??

 

 

しかし直感的に考えて、

(数学において直感はとても大事だ)

1日後に死ぬのと、

21900日後、

つまり人生をたっぷり80年生きて死ぬことが、

同じだとは思えない。

 

 

 

でも、何が違うのだろう?(´・ω・`)

 

 

何度も言うが、

<本質的な違い>は一体なんだろうか?

 

 

 

まさか上の数学の話から、こういう話が出てくるとは思わなかったかもしれない。

しかし本質的な思考回路をもって考えてみると、こういうことが見えてくる。

このような思考を数学を通して学ぶことができる。

 

 

 

次回以降も続けて「数学から学ぶ本質的な思考」について書いていけたらと思う。

 

 

 

 

数学から学べること⑥~本質を掴む力を日常に応用する~” に対して1件のコメントがあります。

  1. はっせー より:

    今回の論点非常に面白い!!

    1. シンジュン より:

      (*‘ω‘ *)

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