物を買うために費やした人生の一部~ホセ・ムヒカ大統領の講演~

 

オーラ~、シンジュンです。(・∀・)

 

 

日記を見てみると、2016年4月7日(木)でしたが、

この日にウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が来日して、東京外国語大学に講演に来られました。

 

ムヒカ前大統領

(出典:wikipedia)

 

家が東京外国語大学と近かったことと、たまたま時間があったこともあり、この日、講演を聞きに行きました。( ˘ω˘ )

前売り券などは買っていなかったので、野外ステージで生中継を聞く感じになりました。

 

 

この時60分くらい?講演がありましたが、

その話の中で、一つすごく覚えている話があるので、それを今日はご紹介したいです。(*‘ω‘ *)

 

物を買うのに費やした時間の一部

 

ムヒカ前大統領は「世界一貧しい大統領」として有名です。

本人は「貧しいのではない」とおっしゃっていましたが。(^^;)

 

 

給料も大統領とは思えない安さだったそうですが、その理由がありました。(‘;’)

 

 

ムヒカ大統領曰く、

「例えば私たちが車を買ったとしましょう。

私たちはお金で買ったと思っていますが、実際は、車を買うために投資した人生の一部があるのです。」

(正確な文面ではありませんが、こういう感じの内容でした。)

 

 

それを聞いて、

「あ~、確かにその通りだな~~」と思いました。( ・`д・´)

 

車

 

単純に考えて、100万円の車を購入した場合、

「100万円」というお金で購入した訳ですが、

実際その100万円を稼ぐために投資した労働時間があります。(‘Д’)

 

 

仮に時給4000円だったとしても、

<250時間>の労働を「車を得るため」に投資したことになります。(‘Д’)

 

 

これを「高い」と感じるか「安い」と感じるかは人の価値観によって違うのかもしれませんが、

とりあえず私個人としては「高い」と感じます。(-_-;)

 

 

もし「250時間働いたら、車をあげる」と言われても、

「そしたら車いらないから、その250時間別のことをしたい」と言いたくなってしまいそうです。(‘Д’)

(仕事で絶対車が必要だとか、そういうのは除いたとしてですが)

 

 

「物を買うということは、それを得るために、それだけの時間を投資している」と言うことを考えた時、

現代の<消費社会>は確かに「人生の本質」を見失っているように思えてきます。(‘Д’)

 

ズボンのポケットとお金

縮小してみると、、、

 

縮小して考えてみても、

大学生がバイトしたとして、時給は800~900円くらいが相場です。(‘;’)

 

 

しかし考えてみると、

800~900円は「ランチ一回分くらいのお金」です。(; ・`д・´)

 

 

友達とランチに一回行ったら、もう<1時間分の労働の対価>が消え去ります。( ゚Д゚)

「友達とランチに一回行くために、バイトで1時間の労働をする」ということを考えてみると、

これは「とても価値のあるランチ」ということなのか、

あるいは「とても価値の低い労働」ということなのか、

あるいは「とても価値のある友達」ということなのか、

あるいは「そんなもの」なのか、

………いろいろ考えてしまいます。(; ・`д・´)

 

 

もちろん人間は生きていくために働かなければならないですし、

またお金がなくては生きていけません。(‘;’)

またバイトや仕事では<お金>以外のものを様々得ることができます。(・∀・)

 

 

 

そう考えた時、

私たちが働く意味というのは<給料>だけにあるのではなく、

その仕事を通して<給料>以外で、一体何を得られるのか?という話になってきます。( ˘ω˘ )

 

 

一生懸命働いているうちに、

いつの間にか「働くこと自体」が目的になってしまい、

「お金を稼ぐこと」が目的になってしまって、

お金を稼ぐために、自分の人生の一部を切り売りしてしまってはいないだろうか?と考えさせられます。( ˘ω˘ )

 

 

お金を稼ぐための人生ではなく、

物を得るための人生ではなく、

もっと本質的なところに、<自分の人生>という時間を「投資」していきたいものです。( ˘ω˘ )

 

 

【今日の二言まとめ】

1.物を買う時には、それを得るために投資した自分の人生の一部がある!

2.講演会に行った時知り合いの子に会って、その子にムヒカ大統領の講演を聞きに来たと言ったら「あれ、もしかして(ムヒカ大統領の)お知り合いか何かですか?」と聞かれたことが、ある意味一番の衝撃。

お金と熊のぬいぐるみ

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