粗末に扱われたくない人へ~折られない人生~

 

ジャンボ!シンジュンです。(・∀・)

 

数年前、<ある物>について、父の本当にたわいものない一言を聞いてから、

なんだかそれが頭に残っていました。

 

 

そして最近ふとそれを見た時に、

「ああ、人生もこのようなんだな」としみじみ感じる機会がありました。

 

 

今日はその話をご紹介します。(・∀・)

 

 

ちょっとしたクイズ☆

 

<その物>というのが、こちら。

 

一万円札

 

はい、ご存じの通り<一万円札>です。(・∀・)

普段はそんなにお目にかかりませんが、ここぞという時に大活躍してくれる福沢諭吉さんです。

 

 

ここで一つ、ちょっとしたクイズです☆彡

上の一万円札と、下の一万円札と<違い>は何でしょうか?

 

一万円札折り目付き

 

もちろん「お札のナンバーが違う」ということはあると思うのですが。(;^ω^)

 

thinking time!

 

 

……( ^ω^)……

 

 

……( ^ω^)……

 

 

……( ^ω^)……

 

 

そんな大した違いではありませんが、正解は~~~

 

 

「折り目の有無」でした~(‘ω’)ノ

 

 

下の写真にはすでに折り目がついています。

上の写真はピン札、折り目がついていません。

記事のタイトルからすぐに分かった方もいらっしゃるのでは。

 

 

ほんとにどうでもいい違いなのですが、

これが一体何なのかといいますと、、、

 

財布とお金

 

たわいものない父の一言

 

ある日、とても久しぶりに父に会って食事をした時のことです。

 

 

どういう理由でどういう状況だったかは忘れてしまいましたが、

確か、何かの理由で自分が父から一万円札を受け取りました。

それはピン札でした。

それを受け取った自分は、なぜかは忘れましたが、それを折りたたんで、スマホのケースに挟みました。

財布がかばんの奥底にあって取り出しにくかったとか、そういう感じの理由だったと思いますが。

 

 

そのピン札を折りたたんでしまう様子を見ながら父が、

「お前か、一万円札を折りたたむやつは」(‘Д’)

と言いました。

特に怒っているというよりは「見つけた!」みたいな感じの様子でした。

 

 

「???」という感じで、どういう意味か聞いてみました。

聞いてみると、父は基本的に財布にお札をしまうので「お札を折る」ということをしないそうです。

だから一万円札を見て折り目があると「なんで折り目をつけるんだ?どんな状況だったら折らないといけなくなるのか?」と疑問に思っていたそうです。

確かに言われてみると、お札を折らないでも生活することは可能です。

そう思っていたところで、自分がおもむろにお札を折りたたんでいる様子を見て「お前か!」=「お前みたいなやつか!」となった訳でした。笑

 

 

それを聞いて、そんなことを考えたことはなかったので、

「ほほう、そういう風に考える人もいるんだな」と、自分の中に新しい視点ができたところでした。

 

お札ユーロ

 

お札の折り目

 

分かる人には分かることなのですが、

個人的に自分はいつも「折り目の無い千円札」を探しています。( *´艸`)

 

 

ものすごく積極的に探している訳ではありませんが、

財布に折り目の無い千円札があったり、お釣りでもらったりすると、

折り目の無い千円札だけちょっと別にしておいています。

 

 

しかし実際やってみると分かるのですが、折り目の無い千円札って、あんまり多くはありません。(´・ω・`)

統計をとった訳ではありませんが、なんとなく感覚では「15~20枚に1枚くらいある」くらいの印象です。

(統計をとってみたら面白いかもしれません。大学の卒業論文にどうぞ♪)

 

 

個人的には「折り目の無い五千円札」を見つける方が難しい印象があります。

そもそも五千円札自体の枚数が少なかったりするのでしょうか?

新渡戸稲造さんにお会いする機会が少ない分、折り目の無い新渡戸さんにお会いする機会も少ないのかもしれないと勝手に予想を立てています。(´・ω・`)

 

統計グラフ机

 

ある日

 

そんなある日、結婚式に列席することになり、ご祝儀で折り目の無い一万円札が複数枚必要になりました。

それでばーっと一万円札たちを見て探してみましたが、結構たくさんあり安心しました。( ˘ω˘ )

折り目の無い千円札を見つけるよりは、はるかに簡単に見つかりました。

 

 

その時瞬間

あれ、でもどうして一万円札の方が折り目がつきにくいんだろう?」(‘;’)

という疑問がわきました。

 

 

その瞬間、このような考えが浮かびました。

 

 

「ああ、そうか。

一万円札って、普段どこにでも使われるというよりは、こういう結婚式のご祝儀など、大事な場面で使われるし、

また高価だからこそ、普段そこまで持ち歩かれない。

だから折り目がつく機会が少ないんだな。

 

一方千円札は、一万円札よりも価値が低いから、

いろいろ使われて、持ち運ばれて、たくさん折り目がつくんだな。

千円札って結構汚れていたり、破れていたりするお札が多いのは、

どんどん使われるからなんだな。」

と考えました。

 

 

そしてそのままこう思いました。

 

 

「ああ、人も、人生もこれと同じだな。

価値のある人ない人というのが一概にある訳ではないけれど、

ある側面から見た時、より価値がある人、より価値がない人というのはいるだろう。

(例えば野球において、絵画においてなど)

千円札は、一万円札よりも価値が低いがために、

このように<折られて>粗末に扱われるように、

人もまた、より価値が高い人ほど<折られない人生>になるんだな。

より価値が低いほど<折られて粗末に扱われる人生>になるんだな。

 

人の価値なんて、測るものさしがある訳ではないだろうけれど、

それでも一万円札のように扱われる人と、千円札のように扱われる人が出てくることは仕方がないことだな。

折られない人生、折り目がつかない人生、結婚式のご祝儀のような大事な場面で使われるためには、

やはり一層自分の価値を高めていかないといけないんだな

 

 

レストラン

 

折り目のつかない人生

 

<折り目>というのは不思議なもので、

一度つくと理論上、もう二度と<消すこと>ができません。(‘Д’)

折り目のついた千円札を、どんなにアイロンをかけたところで、完全なピン札になることはありません。

これがいつも不思議だなと思います。

 

 

科学的にはこれを<不可逆な現象>と言ったりします。

逆にして、元の状態に戻すことができない現象のことです。

「インクを水に垂らす」なども不可逆な現象です。

 

 

折り目のない千円札も、

粗末に扱われるので、正直いつ折り目がつけられるか分かったものではありません。(-_-;)

そして一度折り目がついたら、もう二度とピン札には戻れません。

 

 

だからこそ折り目のない千円札が安心して過ごすためには、

速く「一万円札に昇格すること」しかないでしょう。

もしそれができるなら、ですが。(;^ω^)

 

 

私は師匠から

「貴く用いられる人になりたければ、自分自身を磨いて、貴い人に作りなさい」

と学びました。

 

 

貴く用いられる一万円札のような人を目指して、

日々努力を積み重ねていきたいなと、いつも思います。

 

 

ひとまず、今現段階で五千円札くらいにはなって欲しいなと思う、今日この頃です。(;^ω^)

 

 

【今日の二言まとめ】

1.<折られない一万円札のような人>を目指す!

2.そう言えば以下の写真のやつも、いつも千円札でやられているな。。。

 

笑う千円札

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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