人生にも胡椒をかけて食べてみる

人生にも胡椒をかけて食べてみる

 

ある小さな中華料理屋さんにて

先日昼食を食べようと、一人である小さな中華料理屋さんに入った。

 

 

カウンターに座って食事をしていると、隣にある男性が座る。

その人はメニューを見た後すぐに「ニンニクの芽定食」を注文した。

店主は「へい、ニラミ!!」と元気よく返事をして調理に取り掛かる。

 

 

「ニンニクの芽定食をどう略したら『ニラミ』になるのか?」という疑問が瞬間わいたが、「ニラ芽」の発音ミス(あるいは聞き取りミス)であるとすぐに納得する。

 

 

5分もしないうちに料理が彼のもとに運ばれてきた。

その人は料理が運ばれてくると、一口も食べることなく、まずメインの料理とスープに「胡椒」をかけてから食べ始めた。

特に珍しい行動ではないが、その時私にはとても不思議な光景に見えた。

なぜなら私はそういうことをしたことがないからだ。

 

 

私はいつもレストランで出てきた料理は基本的にそのまま食べる。(相当美味しくない限り)

しかし出されたまま食べて「この料理は美味しくない」と言って放り投げてしまうのは、確かにあまりにも受け身な気がした。

目の前を見てみると「胡椒、塩、ラー油、お酢、醤油」などの基本的な調味料は用意されている。

お店側が提供してくれているこれらの調味料を最大限使って、美味しく食べようと努力してみるくらいは客のすべきことではないだろうか。

もちろん「自分の好みの味にする」と言って、突然かばんから「デミグラスソース」を取り出されても、店側としては迷惑だが、

「店長!この料理、塩足りないよ!!」と言うなら

「目の前にある塩を、自分の好みの分だけかけろ!!」と言われるだろう。笑

どうやって店長が客のそんな細かい好みまで把握して、料理を作ってくれるだろうか。

 

 

私たちは人生をこのように生きていないだろうかと、自分を振り返った。(-ω-)

 

 

自分の前に出された料理

 

自分の置かれた環境、自分の前に差し出された状況に対して、ただ「美味しくない」と言ってはいないだろうか?

ひとまず自分の目の前に提供された調味料くらいは使ってみて、最大限美味しく食べられないのかを、研究し、努力しているだろうか?

 

神様は「胡椒、塩、ラー油、お酢、醤油」以上にもっと多くの才能、能力を私たちに下さっているのではないだろうか。

最大限やってみて、努力してみて、それでもダメな時は

「店長!この料理何とかしてくれ!」と申し出てみたらよいだろう。

そこまでやったなら、店長も何とかしてくれるかもしれない。

 

 

そんなことを考えながら、ひとまず小さな実践として

目の前の胡椒に手を伸ばしてみる。。。

 

コメントを残す