バッティング時の心の姿勢~野球から学んだこと~

バッティング時の心の姿勢~野球から学んだこと~

 

先日、いつもスポーツをしている人たちと共に、ものすごーーーく久しぶりに「野球」をすることになった。

 

 

ところが自分の記憶では人生で野球をやったことが過去3~4回しかない。(;´・ω・)

サッカー、バレーボール、バスケットボールあたりは結構やったので、ある程度できるのだが、野球に関しては、特に「バッティング」に関しては超素人。

単純にやったことが全然ないのでできない。

過去の数少ないバッターボックスに立った記憶では、ボールにまともに当たった記憶がない。(;´・ω・)

 

 

そんな自分だったが、今回実際やってみると、結果は

3打数2安打!Σ(・□・;)

まぐれを2回叩きだした!

 

 

正直実際ほんとに<まぐれ>なのだが、(;^ω^)

しかし今回バッターボックスに立つにあたって「一つだけ意識したこと」がある。

今回の野球を通して様々に学ぶ機会になった。

それを今日はご紹介したい。

 

 

野球の試合会場と流れ

 

今回は長崎、福岡、大阪、鹿児島、熊本の5県から総勢20人くらいが集まり、一緒に2時間半くらい野球をした。

球場も普通に公式戦などで使われる場所で、野球経験者たちはハイテンションな様子だった。

 

(実際の会場、夕方だったのでちょっと暗い)

 

 

練習メニューとしては、

① みんなでランニング

(「ファイオー、ファイオー!」って言うやつ)

→感想「おー、野球部っぽい!!」(*‘ω‘ *)

 

②準備運動

③キャッチボール

④内野と外野に分かれてノック

「おらおらーーーー!!お前ら千本ノックじゃーーー!!」(# ゚Д゚)

みたいなのを予想(期待)したが、実際は普通のノック。

自分は外野で参加。

⑤試合(2チーム)

 

という流れだった。

 

 

バッティングが苦手な理由

 

やってみると、ボールをキャッチする方はある程度できた。

しかし問題は「バッティング」

過去の数回のバッターボックスに立った経験を思い出してみても、ボールがまともに飛んだ記憶がない。

大抵<ゴロ>か<ファール>か<空振り>か。

そもそも出塁した記憶がない、という状況。

 

 

どうしてなのかを昔考えてみたことがあるが、

どうやら「バッティング」のあの動きが「他の球技に無い動きだ」ということが原因のようだ。(‘Д’)

 

 

例えば、バレーのサーブの動きと、テニスのサーブ、バドミントンのスマッシュの動きは、ある程度似ている部分がある。

自分はバレーを少しやっていたので、それを応用すれば、テニスのサーブやバドミントンの動きはある程度分かるようになる。

そんな感じで、いくつかの球技をしていれば、ある程度応用して、やったことがない球技も上達が速いということはある。

そのため、テニスをやっていた人がバレーのサーブをすると、すごくテニスっぽい打ち方になって、すぐに分かる。( ´艸`)

 

 

しかしこの野球のバッティングは、他の球技にあまり無い動きだ。(‘Д’)

(強いて言うならゴルフのスイングだろうが、自分はゴルフはやったことがない。。。)

他の球技からの応用が利かないという点で、固有の難しさがあるように思う。

 

 

……と、一応言い訳しておくことにする。( ´艸`)

 

 

(現地のバッターボックス)

 

以前バッターボックスに立った時

 

前回バッターボックスに立ったのは、恐らく4~5年くらい前になるだろうか。

2回打席に立って、1本もヒットを打てなかった。(+_+)

 

 

その時感じたのが、

「ああ、すごく『打とう、打とう、打たなきゃ、打たなきゃ』という心が強いな。(‘Д’)

だからすごくボールにバットを当てようとしてしまって、前のめりになっているな。

それによって重心が前にいってしまって、空振っているな。(‘Д’)」

ということだった。

 

 

それでその時に学んだのは、

まずは『打たなきゃ!みんなにいいところ見せよう』というような自分の虚栄心、他の人を意識する心を無くさないといけないな。(´・ω・`)

その心が先立ってしまって、体の軸がぶれてしまっているな。

まずはそのような<自分の心の姿勢>を直さないと、<バッティングの姿勢>も直らないだろうな

ということだった。

 

 

9年前にバッティング練習をした時

 

今から9年くらい前に一度だけ、バッティングを教えてもらったことがある。

甲子園出場経験のある後輩から、バッティングを1時間くらい教えてもらった。

 

 

バッドを振る時、基本的には体がコマのように回る動きをすると思うが、

その際コマの軸のように、体に回転軸が必要になる。

しかし自分の場合、バットをボールに当てようとするあまり、その回転軸が前のめりになってしまい、

結果としてボールにバットが当たらなくなってしまっていた。

 

 

それで前のめりにならないように、

自分の体の回転軸を意識してバットを振ったところ、少しずつ当たるようになった。

 

 

自分の感覚では、ボールにバットを当てようとするのではなく、

ボールを<待つ>感覚だった。(‘ω’)

(【2017.10.01追記】読者の方から「松井秀喜もボールを待つために、後ろ足に、9割の体重を乗せているらしいです(^o^)」と連絡を頂きました。それを聞いて、やはりそうなのだなと。(*‘ω‘ *))

 

 

このこと自体は覚えていたのだが、

いざ4~5年前の前回の野球の時、本番の試合になって、バッターボックスに立ってみると、

「打たなきゃ!」という気持ちが先だってしまい、

うまくボールを<待つ>ことができなかった。(+_+)

 

 

そのため

「ああ、やっぱりまずは自分の心の姿勢から矯正しないといけないんだな」(‘ω’)

と思っていた。

 

 

しかしこれは一朝一夕でできるものではない。(‘Д’)

体の姿勢も矯正するのに何か月もかかるのだから、

心の姿勢を矯正するには何年もかかるだろう。

 

 

これが前回の野球を通して学んだことだった。

そして今回…

 

 

今回バッターボックスに立ってみて

 

前回の反省を生かして、4~5年ぶりに今回またバッターボックスに立つことになった。(‘ω’)

 

 

そのため今回は最初から「打たなきゃ!みんなにいいところ見せなきゃ」的な考えはしないようにした。

以前はしないようにしようとしたが、できなかった。

しかしこの4~5年を通して自分も成長できたのか、今回は本当にそれを実践することができた。(*‘ω‘ *)

 

 

仏教的な表現でかっこよく表現するとしたら「無我」というやつだろうか。笑

とにかく他人を意識することをやめて、<自分の心の姿勢を正すこと>に集中した

そうした時に、飛んでくるボールを<待つ>ことができた。(*‘ω‘ *)

 

 

それでバットを振ってみると、奇跡的にうまくボールにミートして、

たまたまボールがいい感じの内野手が取れない所に飛んで行って、ヒットに繋がった。

それが2打数続いた。

3打席目も、3塁守のちょうど右下で一度バウンドするようなすごく取りにくい感じのヒットになったが、3塁守がとても上手にそれをキャッチしていた。

そのため3回目の打席はヒットには繋がらなかった。

しかし3回ともボールがいいところに飛んで行ったのは奇跡的だった。(‘Д’)

 

バッティングを通して学んだこと

 

バッターボックスに立ってみると、素人ながら「孤独な戦いだ」ということを感じざるを得ない。

 

 

バスケ、サッカー、バレーなどでは、助けてくれる仲間がいるが、

野球は団体戦でありながら、かなり「個人戦的要素も強いスポーツだな」と感じた。

 

 

バッターボックスに立つと、ピッチャーと一対一なのであって、

ベンチにいる仲間が応援こそしてくれるが、具体的に何かを助けることはできない。

完全に「一対一の戦い」になる。

誰も助けてくれる人はいない。

 

 

個人戦だからこそ

「<自分>に集中することが大事なんだな」

と学ぶようになった。(´・ω・`)

 

 

この感覚はちょうど「弓道」と似ているなと思った。

 

 

弓聖「阿波研造」

 

弓道界では「弓聖」と呼ばれる「阿波研造(あわけんぞう)」という人をご存じだろうか?(´・ω・`)

 

 

弓道の世界では伝説的な人物。

弓道の全国大会で優勝したときは、4日間連続、全射的中という、前人未踏の記録を打ち立てた。

阿波研造が射る矢は、百発百中だったそうだ。

 

 

この人に関しては逸話が様々あるが、阿波研造の言葉でこういうものがある。

阿波研造「当てる矢を放つのではなく、当たる矢を放て」

 

この言葉は深いことを含んでいるなといつも感じている。(‘Д’)

 

 

これを野球のバッティングに置き換えて表現してみると、

「ボールに当てるようにバットを振るのではなく、ボールに当たるようにバットを振れ」

と表現できるだろうか。

 

 

何が違うかというと、

当てる矢→的主体

当たる矢→矢主体(つまり矢を射る自分主体)

という点だと思う。

 

 

これを野球のバッティングに置き換えると

ボールに当てるようにバットを振る→ボール主体

ボールに当たるようにバットを振る→バット主体(つまりバットを振る自分主体)

と言えるだろうと思う。

 

 

自分も最初は「ボールを主体」に考えて、ボールにバットを当てようとしていた。

だから当たらなかった。

しかし逆に「自分を主体」に置いた時、ボールに当たるようになった。

自分的にはこれを「ボールを<待つ>感覚」と表現していた。

 

 

9年くらい前に自分にバッティングを教えてくれた後輩も、

「<バットを置く>みたいな感覚です」

と言っていた。

当時はその言葉の指し示す感覚がよく分からなかったが、今はその言葉と、その感覚がよく分かるようになった。

やはり「バットを主体」に話している。

 

 

最後に

 

これは野球に限らず、応用範囲はとても広い話のように思う。

バレーボールやテニスのサーブ

バスケットボールのフリースロー

100m走のスタートダッシュ

ゴルフのパター

サッカーのPK

受験のテスト当日

仕事の会議でのプレゼンテーション

などなど

 

 

私たちはどうしても「結果を出さなきゃ!いいところ見せなきゃ!」的な考えを持ってしまう。

それがプラスに働いてモチベーションに繋がる時もあるだろうが、

「ここぞ!」というタイミングにおいては、失敗の原因になることが多いように思う。

 

 

よく「平常心が大事だ」というような話もあるが、それに近いことだろう。

 

 

「ここぞ!」という時、

相手との勝負ではあるが、

根本的には「自分との戦い」「自分の心との戦い」だ。

 

 

見るべきなのは「的」なのではなく「矢を放つ自分」。

中心にすべきなのは「ボール」ではなく「バットを振る自分」。

顧みるべきなのは「相手」ではなく「自分」だった。

 

 

 

 

今日は素人ながら、今回の野球を通して学んだことを書いてみた。

書いてみると予想以上に長くなってしまった。

最後まで読んで頂いて感謝。m(_ _)m

 

 

これは野球のバッティングに留まらず、いつも携えていたいものだ。

 

【今日の二言まとめ】

1.バッターボックスに立った時、整えるべきなのは<自分の心の姿勢>だ。

2.野球の「バッチコイ!」は「バッター来い!」の略

 

 

 

バッティング時の心の姿勢~野球から学んだこと~” に対して1件のコメントがあります。

  1. take より:

    野球を通してここまで深く考えられるのは本当にさすがです!

    1. シンジュン より:

      恐縮です。m(_ _)m

  2. merci より:

    内外野からの応援(野次)は、基本的に
    「ピッチャー(バッター)、ビビってるぞー!( ✌︎’ω’)✌︎」でした。
    別にビビってはないけど(笑)
    やはり、精神の戦いですな( ͡° ͜ʖ ͡°)

    でも、vivitな人生は生きたいと思いました。

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