本当の井の中の蛙とは?

 

ナマステ~、シンジュンです。(・∀・)

 

 

ご存じの通り「井の中の蛙、大海を知らず」という言葉があります。

「井戸の中の蛙は、自分が住んでいる井戸が全てだと思っていて、もっと大きな海があるということを知らないでいる」という意味のことわざです。( ˘ω˘ )

 

 

私は仕事柄多くの人に接するが、そんな中で一つ分かるようになったことがあります。

それは「本当の井の中の蛙」について、

つまり「真(しん)の井の中の蛙とはどういう人か」について気づくようになりました。(´・ω・`)

 

 

この話を読んでみて、「自分が気が付かないうちに、井の中の蛙になっていないかどうか」を自ら顧みるきっかけにしてもらえたらという思いで書くことにしました。(*’▽’)

 

(蛙「おいおい、マジかよ」)

今時の「井の中の蛙」

 

正直「井の中の蛙」という言葉自体は知っているし、

今時「自分は井の中の蛙ではない」と思っている人はほとんどいません。(;^ω^)

 

 

「俺、井の中の蛙じゃないですよ。何でも知ってますよ」( ゚Д゚)(ドヤ

みたいな人には、今のところ会ったことがありません。(‘;’)

 

 

誰でも「自分が知っていることまでしか知らない」ということは基本です。

自分が知らないことまでも知っている人というのは、ありえません。(;’∀’)

そして自分の知らないことが無いと思っている人もいないのかなと。

 

 

もちろんすごく狭い世界で生きていて、

その狭い世界で「俺が一番だ」と思って生きているような人はいるかもしれませんが。(-_-;)

 

 

しかし昨今、このインターネット時代、多くの情報に触れ、「上には上がいる」ということが分かるこの時代に、そういう人は少ないだろうと思います。( ˘ω˘ )

 

 

だからむしろ今は「みんなが自信を失って生きている時代だ」とも言えるくらいです。( ・`д・´)

 

(蛙「自信持てよ」)

真の井の中の蛙とは

 

「自分は何でも知っている、井の中の蛙じゃない!」という人には、ほとんど会ったことがありません。( ˘ω˘ )

そういう意味では「井の中の蛙」は絶滅危惧種だと言えるかもしれません。(‘Д’)

 

 

しかし!!

実は、自分たちの見えないところで、この「井の中の蛙」が形を若干変えて、多いに繁殖していることに気が付きました。Σ(・□・;)

 

 

ではどういう人が「真の井の中の蛙なのか」に気づくようになりましたが、

それはこういう人でした。( ゚Д゚)

 

 

 

 

井戸の中の蛙に向かって人が言った。

 

人「おーい、蛙、井戸の中はどうだい?」

 

蛙「いや~、なかなか住み心地はいいよ。水も冷たいし、思い切り泳げるしね」

 

人「いやいや、蛙よ。お前は知らないかもしれないけど、この井戸よりもっと広い<海>という場所があるんだよ。ここよりずーっと大きいよ。お前<海>は知ってるか?」

 

蛙「うん、なんか聞いたことあるよ。何でも広いらしいね」

 

人「そうなんだよ。お前もこんな狭いところにいないで、海に行って思い切り泳いできたらどうだい?」

 

蛙「いやー、いいよ、行くの面倒だし。

<海>が広いっていうのは分かるけど、どうせこの井戸の5倍くらいのもんだろ?

自分はここでいいよ」

 

人「いやいや、何言ってるんだ。<海>はこの井戸とは比較にならない程広いよ

 

蛙「分かった分かった。じゃあこの井戸の50倍くらいだろ。そんなに違いも無いだろう

 

人「おいおい、蛙、馬鹿言うのはよせ。いくら知らないとは言え、<海>の広さを<この井戸の広さ>と比較すること自体が、どれだけ変なことをしていると思っているんだ。

お前は<海>を見たことがないからそういうことを言っているんだ。

一度でも見てみたら、自分が<海>と<井戸>を比較していたことがどれほど愚かなことをしていたかが分かるようになるよ。

俺が連れて行ってやるから、一度<海>を見に行こう」

 

蛙「あー、分かった分かった。あんたがそういうなら、きっとこの井戸の500倍くらいはあるんだろうな。

うん、十分自分でも想像できるよ。

見に行くほどのこともないよ。おいらはここで大丈夫。」

 

人「蛙ー、お前はやっぱり蛙だな。

まあお前がそういうなら、無理矢理連れていくことはしないけど。

お前はこのまま一生この井戸で過ごしていくんだろうな。

<海>がこの井戸よりも500倍くらい広いと思って生きていくんだな。

知らないがゆえに、後悔もしないで生きて死ぬんだな。

まあ、お前がそれを望むなら、そのまま生きていけよ」

 

蛙「あー、ご親切にどうも。大丈夫、<海>が広いっていうのも分かってるって。

でもわざわざ見に行くほどものでもないよ。

おいらはここで満足さ」

 

 

(蛙「井戸で大満足♪」)

脱・真の井の中の蛙

 

蛙は「<海>が広い」ということ自体は分かっていました。

人が「海は広いよ」と言った時、「いやいや、広くないよ」とそれを否定した訳ではありません。

しかし「<海>がどれくらい広いのか」は全く分かっていませんでした。(‘Д’)

そして「井戸の500倍くらいだろう」と予測して、「見に行く価値もない」と判断して変わりませんでした。(‘Д’)

 

 

実際<海>の広さは、井戸5億個集めても敵いません。(‘Д’)

<海>と<井戸>を比較すること自体が、全く愚かなことです。(‘Д’)

しかし蛙は「蛙の頭」で考えられる次元まで考えて、<海>を判断してしまいました。( ゚Д゚)

 

 

人が一度連れて行ってあげると言われた時に、

一度でも見てきたなら、<海>が全く違う次元の広さを持っていることに気づいたでしょうが、

一度でも行こうと思わなかったから、そのまま「知らない世界」で生きることになってしまいました。(-_-;)

 

 

「知らないから」後悔することもありません。

<後悔>はそれでも「知る世界」に入った人がするものです。( ˘ω˘ )

 

 

 

このように私たちもまた、

「真の井の中の蛙」になってはいないでしょうか?(´・ω・`)

 

 

もちろんどこにでも顔を出せばいいのではないですが、

もしかしたら自分もまた<海>を自分の井戸の次元で測るようなことをしてはいないのか。。。( ˘ω˘ )

 

 

自分を顧みるきっかけにして頂けたら☆彡( ˘ω˘ )

 

本当の井の中の蛙とは?” に対して1件のコメントがあります。

  1. mino より:

    深い

    1. シンジュン より:

      (‘ω’)ノ

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