誕生日プレゼントの<認識>

誕生日プレゼントの<認識>

 

「人の認識というのは面白いな」と思った出来事を一つ。

説明しようとすると、若干複雑な感じになってしまうが、頑張って簡潔に書いてみる。

 

誕生日プレゼントとプレゼント

 

ある時、知り合いのA君の誕生日があった。

自分は全く知らなかったが、たまたま前日に知るようになった。

それでその時は、いろいろな理由があって、A君に誕生日プレゼントをあげることにした。

プレゼントを買いに行く時間がなかったので、自分が持っているネクタイの中から、A君に似合いそうなものを選んでプレゼントした。

 

 

それからずっと経ったある日、別の知り合いB君からこう言われた。

自分がA君に誕生日プレゼントでネクタイをあげているのを見て、

「みんなの中でA君がSJさんに近いんだなって思いました」と言われた。

嫉妬というほどの言葉ではないが、B君はそのように認識していた。

それはB君の誕生日に自分がプレゼントをあげなかったりしたからだろうか。

 

 

しかし…

 

しかしそれを聞いた時、自分は「え??」と思った。

 

なぜなら、

B君にも以前同じように、自分の持っているネクタイの一つをプレゼントしたことがあるからだ。(´・ω・`)

 

 

 

経緯はこうだった。

B君は少し小柄なため、普通のネクタイを締めると、首に対してネクタイの幅がとても広く見えてしまう。

ひと昔前に細いネクタイが流行った時期があり、自分も一つ細いネクタイを持っていた。

これをB君が締めたら、ちょうどいい感じになりそうだった。

そこである時「細いネクタイを見つけてきて、B君にプレゼントしてあげよう」と思った。

 

 

その時からどこかに出かけたタイミングで、少しネクタイ売り場を探して、細いネクタイを探した。

しかしいろいろお店を回ってみたが、見つからなかった。( ˘•ω•˘ )

店員さんに聞いてみると、もう流行が終わって、今はもう売られていないということだった。

確かにいくつか見て回ったが売られていなかったので、ネクタイを購入することは断念せざるを得なかった。

 

 

それで結局、自分が持っている細いネクタイをそのままプレゼントすることにした。

普段使っているネクタイではあったが、他にも持っているネクタイはあるので、問題無かった。

 

 

それである日、特に特別な理由もなく、B君に「これあげる」と言って、ネクタイをプレゼントした。

もちろんネクタイの幅の話をして、あげる理由も伝えてからあげた。

 

 

 

考えてみると…

 

後から考えてみると、

A君にもB君にも「自分が持っているネクタイをプレゼントした」という点では同じだ。

 

 

違う点は

A君は<誕生日に>プレゼントした。

B君は特別でない<普通の日に>プレゼントした。

 

 

しかしB君の認識は、

「SJさんはA君と近い」となっていた。

 

 

これがとても不思議に思えた。Σ(・□・;)

どうやら「誕生日プレゼント」と「プレゼント」は違うようだ。

 

 

いろいろと理由を考えた。

○<記念日に>あげることに意味がある

(→それだけ喜びが大きい)

のか

○隣の芝生は青く見える

のか

○プレゼントする理由が大事

なのか。

 

 

あなたはどう思われるだろうか?( ˘•ω•˘ )

 

 

 

自分はどうだろうか?

 

自分の立場からすると、

誕生日だからあげるよりも、

誕生日じゃないのに、

B君に気をかけてネクタイを探してプレゼントしたことを考えた時に、

そちらの方がもっと大きいと思う。

 

 

誕生日は「プレゼントをあげる理由」があるが、

「プレゼントをあげる理由がない」のに、プレゼントをした方が

もっと大きな愛と関心ではないだろうか。

 

 

これについて考えたいた時、こう思った。

 

「ああ、自分もこういうことを、たくさんしているんだろうな」( ˘•ω•˘ )

 

 

全く同じものをもらっていても、

自分の認識が間違っていて、

誤解して、妬んだり嫉妬していたりしているのだろう。

(もちろんB君は嫉妬まではしていなかったが)

 

 

本当に自分たちの認識は<一部>だけを見ていると言わざるを得ない。

 

 

この狭い狭い視野の中で、いろいろなものを見て、判断している。

そうせざるを得ないが、実際、<間違えることが多い>ことは事実だ。

 

 

 

このことを

様々な教訓としたいと思った。

これを読む人にも、一つの教訓になれば。

 

 

 

 

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