時間における<戦略>と<戦術>

時間における<戦略>と<戦術>

 

時間管理についての話をいくつか書いているが、思ったよりも反響があって驚いた。

やはり誰でも時間をどう使うのか、時間をどう管理するのかについては関心が高いようだ。

 

 

今日は「時間における<戦略>と<戦術>」について書いてみる。

 

 

<戦略>と<戦術>の違い

 

まず<戦略>と<戦術>という言葉の違いについて。

英語にすると、

戦略…Tactics

戦術…Strategy

になる。

(タクティクスというと、「ファイナルファンタジータクティクス(FFT)」が浮かぶのは自分だけだろうか?

あれも将棋で盤上の駒を動かすように、戦略的に進めていくゲームだった。)

 

 

この二つは何が違うかというと、国同士の戦争を例に取り上げてみる。

戦争において「人、お金、物資」は有限だ。

そのため「どこに、何を(誰を)、どのように配置するのか」はとても重要だ。

これを適当に決めることはできないだろう。

必ず守るべき場所(敵国の境や、相手が攻めてくる地点)には、より強い兵をおいて、物資も投入しないといけない。

しかしだからと言ってそこにばかり投入していると、他のところが手薄になってしまう。

自軍のたちの人数、特性などを把握して、

「誰を、どこに、どれくらい配置するか」をよく考えなければならない。

それに伴って「物資」もまた「どこに、どれくらい投入するか」を考える必要がある。

これが戦争における<戦略>(Tactics)になる。

 

 

一方、ある地域を任された兵士たちと司令官がいたとする。

上の国の戦略によって決められた兵士たちと、与えられた物資を持って、敵軍と戦わなければならない。

ではどのように敵軍に攻め入り、また国を守るのかを考えなければならない。

石を積み上げて壁を作るのか、

相手の陣地の弱点を突いて、裏を回って攻撃するのかなど、

様々に作戦を練る必要がある。

これが戦争における<戦術>(Strategy)にあたる。

 

 

まとめると以下のようになる。

【戦略】(長期的)

1.戦争に勝つための総合的・長期的な計略

2.組織などを運営していくについて、将来を見通しての方策。

【戦術】(短期的)

1.戦いに勝つための個々の具体的な方法

2.ある目的を達成するための具体的な方法・手段。

 

 

時間における<有限性>

 

ここまで来ると、もう何を書きたいかはお分かりだろうと思う。

私たちが人生を生きる中でも、この<戦略>と<戦術>がとても重要だろう。

戦争というと言い過ぎだが、「生の戦い」において、私たちの時間を戦略的に使うことはとても大事なことだ。

 

 

でも、なぜだろうか?(´・ω・`)

なぜ私たちの時間を戦略的に使う必要があるのだろうか?

その必要性はどこから生まれてくるのだろうか?(´・ω・`)

 

 

 

考えてみるとそれは、

「私たちに与えられた時間が<有限>だ」

というところに起因している。

 

 

先ほども「戦争において人、物資、お金には限りがある」と言った。

「限りがある」からこそ、適当に、なんとなく使うことができない。

もし戦争において人、物資、お金が「限りなく」あるならば、

何も考えずに「おりゃおりゃおりゃ~~」と、どんどん使ってしまえばいい。( ゚Д゚)

しかし有限であるからこそ、<戦略>が必要になる。

 

 

私たちが生活する中で「生活費」というものがある。

そして多くの人たちの月々の生活費は<有限>だ。

(もう無限と言ってもいいほど稼ぐ人もいるかもしれないが…(‘Д’))

だからこそ「何でもかんでも、欲しいままにお金を使って買ってしまったら」大変なことになる。

月々の生活費を前にして、出費の計算をしてみるのではないだろうか?

 

 

「家賃がいくらで、光熱費がいくら、

学費がいくらで、定期代がいくらだから、

そうなると月々使えるお金はこれくらいか…」

と一度は計算してみるだろう。

そうしないと手当たり次第に欲しいものを買っていたら、

肝心の家賃が払えなくなり、光熱費が払えなくなって、家を追い出されるかもしれない。

一度も計算してみたことのない人は、相当なお金持ちの息子娘だろうと思われる。

 

 

生活費が無限にあれば何も考える必要はないが、

有限であるからこそ、考えてみる必要がある。

(※実はもう一つ大事なことに起因しているが、それはここでは長くなるのでやめておこう。)

 

 

これと同じく、私たちの人生における<時間>も同じだ。

 

 

時間の<戦略>

 

実際私たちは多くのことに時間を使って生きている。

学校にも行くし、職場にも通うし、家にもいる。

歩くし、自転車にも乗るし、電車にも乗るし、車にも乗る。

誰かと話もするし、食事もするし、お風呂にも入るし、歯も磨くし、寝る。

テレビを見たり、インターネットをしたり、ゲームをしたりもするし、

趣味や娯楽に打ち込んだりもする。

 

 

以前「三つの時間の使い方」という記事を書いたが、

これらの時間は全て3つに分類される。

 

 

「必ず使わないといけない時間」(消費)もあるだろうし、

「使う必要がない時間」(浪費)もあるだろうし、

「使うべき時間」(投資)もあるだろう。

 

 

1日に縮小して考えて見ても、

私たちの24時間、1440分という時間を、

「どこに、どれくらい使うのか」

戦略を練ってみるべきではないだろうか。

 

 

また私たちの人生100年、36500日という時間もまた、

「どこに、どれくらい使うのか」

戦略を練ってみるべきではないだろうか。

 

 

そうしないで、あたかも「時間が無限にある」かのように、

湯舟のように<時間>をどんどん使ってしまう人も、少なくない。(´・ω・`)

自分は一体どれくらい「日々流れていく時間」を意識して過ごせているだろうか?

 

 

先ほど「生活費を計算してみたことのない人は、お金持ちの息子娘くらいだろう」という話をした。

お金持ちの息子娘はいるかもしれないが、

<時間>持ちの息子娘は、絶対にいない。(-ω-)

1日は全ての人に「24時間」と決まっている。

これ以上でも以下でもない。

「親から受け継いだ財産としての時間」など絶対に無い。

 

 

<時間>は全ての人に平等に与えられる。

だから違いが起こりうるとしたら、

それは「その時間をどう使うのか」だけだろう。

 

 

だからこそ、そこに<戦略><戦術>が必要になってくる。

 

 

 

今日は主に「戦略」についてしか書けなかった。

また「戦術」についても書ければと思う。

 

 

この文章を読んで、

もう一度自分の時間の戦略を顧みるきっかけになれば幸いだと思う。

 

 

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時間における<戦略>と<戦術>” に対して1件のコメントがあります。

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