<読むべき本>の選び方

【第3回】<読むべき本>の選び方

 

最近「本を読むこと」について書いてきて、今日は三回目になる。

前回は「日本人の<活字病>」について書いた。

その最後に「良書を読むこと」について書いたので、今日は「良書とは何か?」「良書の選び方」について書けたらと思う。

 

 

※まだ前回、または前々回の記事を読んでいない方は、そちらを先に読んで頂けたら。

第1回「本を読むとはどういうことか?」

第2回「日本人の<活字病>」

 

自然淘汰について

 

「自然淘汰説」というものがある。

これは何かと言うと、(詳しくは各自調べて頂くにして)

生物は遺伝子の交配や変異によって多様な特性をもった個体を生み出す。

そうした多くの多様な個体の中で、環境により適応した変異をもつ個体だけが生存して子孫を残していくことを「自然淘汰」と呼ぶ。

 

 

簡単な例を挙げると、自然淘汰説によると、

例えばキリンはもともと首が短かったが、ある時首が比較的長いキリンが生まれた。

そのようなキリンはサバンナで高い樹の上にある葉っぱを食べることができたため、生存競争で勝つことができた。

そうやって首の比較的長いキリンが生存して、比較的首の長いキリン同士がどんどん繁殖していくことによって、首の長いキリンが増えてきて、今のようになったという説だ。

 

 

ダーウィンが唱えた説だが、この「自然淘汰説」はあくまで説であって、実際矛盾点も挙げられており、最近では違っていると考える研究者たちも多い。

 

 

ただこの「考え方」自体は、分からない話でもない。

実際自然を見た時に、適応できないものは淘汰されていっている。

人間が自然環境を破壊するからということもあるが、環境の変化に適応できなかった動物たちは絶滅してしまっている。

※自然淘汰は十分起こりうるが、問題点は、この淘汰によって動物の「進化」が起こってきたと言う部分が議論のされる怪しい部分だ。

 

 

科学・文明の淘汰

 

実際科学、文明という側面から見た時、

この「淘汰」という現象は、日々、日常茶飯事に分かりやすいくらいたくさん起こっている。

 

 

例えば「ポケベル」が流行したのは1990年代だ。

今では存在すら知らない人も多いだろう。(自分自身も実物を見たことは無い。)

当時はそれがとても流行したし、たくさん売れて、多くの人に使われ、普及した。

しかしその後「携帯電話」が登場することによって、ポケベルは「淘汰」されることになった。

今はその「携帯電話」も淘汰されて、「スマホ」の時代が来ている。

携帯電話を持っている人はまだ少数いるが、ポケベルを持っている人は非常に少ないだろう。

 

 

 

このように科学技術、文明という点から見た時「淘汰」という現象は日常的に起こっている。

人々は「より便利なもの(利便性)」を求めるので、この淘汰は自然に起こってくるし、起こるしかない。

弱肉強食ではないが、それに近い現象は起きている。

一度流行に乗って爆発的に売れたとしても、それがずっと持続する訳ではなく、続けて発展していかなければ自然と淘汰されるのが自然の順理と言えるだろう。

 

 

 

淘汰されないもの

 

そう考えた時に、長い年月の中で「淘汰されずに」残っているものというのは、とても注目すべきものだということになる。(‘Д’)

人々が長い年月の中で利便性を追求したとしても、未だに残っているということは、

ある意味それが<完成されたもの>だからであり、

<普遍的な形態を備えている>からと言えるのではないだろうか。

 

 

具体的な例を一つ挙げるとすると、あなたは何が浮かぶだろうか?

長い年月を経ても淘汰されずに残っているもの。。。

形がそれほど変わらないもの。。。

 

…………

 

 

…|д゚)…

 

 

自分はこれが思い浮かぶ。

 

バンッ

 

 

…「傘」だ。(´・ω・`)

 

 

不思議に思って調べてみたことがあるが、

「傘の起源」は日本には欽明天皇の時代552年に、百済聖王(聖明王)の使者から渡来した外来品らしい。

当時は「唐傘(からかさ)」と言ったらしい。

 

 

材質の違い、多少の開閉の機構の違いはあれど、

傘の基本構造は「1500年近く」ほとんど変わっていないようだ。(@_@)

平安時代の絵などを見てみると、現代の傘とほとんど違いがない。

 

 

そう考えた時に、あの「傘の構造」は、ある意味<完成された構造>だと言えるのではないだろうか。

全く新しい「傘の構造」というのが1500年間出てきていないので、もし誰かチャレンジしてみたければ、1500年の傘の歴史に新たな1ページを加えるべく研究してみてもよいかもしれない。

 

 

ただそこで大事なのは、前衛的な、斬新な、画期的な傘のデザイン自体は作ることができるかもしれないが、

それが大事なことではなく、

ポイントは「淘汰されない」という点にある。

全く新しい傘を作ったとしても、「利便性」という点において、人々に受け入れられて、続けて使われ続けなければならないのだ。

 

 

それを考えた時に、この1500年の傘の歴史を打ち破るのは、簡単なことではないだろう。

このブログを読んで、1500年の傘の歴史に挑戦状を叩きつける勇士が現れることを期待する。

 

 

良書の選び方

 

かなり前置きが長くなったが、今日のテーマは「良書の選び方」だった。( ´艸`)

 

 

自然や科学技術、文明の「淘汰」の話をしてきたが、

なぜこの話をしてきたかというと、

「本」にも同じことが言えるだろうということだ。

 

 

一般的に「ベストセラーよりロングセラー」という言葉がある。

これは本の選び方を言っているのだが、

「ベストセラーになった本より、ロングセラーの本を読みなさい」という意味だ。

 

 

出版界というのはとても移り変わりが激しいらしく、

5年10年で書店に並んでいる本の80~90%は変わるというような話を聞いたことがある。

つまり出版界にもまた「淘汰」と言う現象が起きるということだ。

 

 

ベストセラーの本というのは、

その時、その風潮に合ったから売れた本だ。

しかしそれが1年後、5年後にも売れているかどうかは正直かなり怪しい。

 

 

しかしロングセラーの本は、長い年月が経っても「淘汰されずに」残っていて、

今もなお売れ続けているということだから、

これはある意味「完成されている」と言えるだろうし、

また「何か月日を超えて普遍的に人の心を打つ」から売れていると言えるだろう。

 

 

また日本だけなく、世界的に売れている本、世界的に読まれている本であれば、更に良いだろう。

それだけ普遍性が高く、完成されていると言えるだろうからだ。

 

 

ここでいう長い歳月とは、少なくとも100年以上はないと「淘汰されなかった」とは言えまい。

今売れている本で、100年後も続けて売れ続け、読まれ続けている本が、どれくらいあるだろうか。

 

 

今売れている本で100年後も淘汰されない本を見つけることは難しい。

(実際100年経っていないので)

それよりは、すでに数百年の淘汰を潜り抜けてきた本があれば、それは少なくとも「良書」と呼んで差し支えない本なのではないだろうか。

 

 

長い年月の中で淘汰されずに残った本、

そして世界中で多くの人に読まれている本、

こういう本にはより普遍的な、より本質的に人の心を打つ「何か」があるに違いないだろう。

 

 

長い年月<淘汰>を潜り抜けてきた「良書」に、

是非手を伸ばしてみてはいかがだろうか。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<読むべき本>の選び方” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す