時間の流れを感じる<もの>~時間の概念を持たない民族「アモンダワ民族」~

時間の流れを感じる<もの>~時間の概念を持たない民族「アモンダワ民族」~

 

サバイディー、シンジュンです。(・∀・)

 

 

前回、時間の概念を持たないという不思議な民族「アモンダワ民族」について紹介し、

それを通して「時間について」「時間的自由を得ること」について考えてみました。

書いてみると思った以上に固い感じになってしまいましたが。(;^ω^)

 

 

今日はその続き、第2弾として、

アモンダワ族の人々の興味深い特徴を通して「時間と密接に結びついている概念」について考えていきたいです。(・∀・)

 

 

※前回の記事をまだ読んでいない方は「アモンダワ民族についての概要」だけでも以下から読んでみて下さいね☆彡

時間的自由を得ることについて~時間の概念を持たない民族「アモンダワ民族」~

 

<時間>は存在するのか?

 

ある物理学者は「<時間>など存在しない」という人もいます。

こういう議論をするためには、そもそも「存在する」という言葉の定義を明確にしないと議論になりません。( ˘ω˘ )

 

 

いわゆる「コップがテーブルの上に存在する」というような「存在する」という意味合いだとすると、

<時間>というものは目に見えないし、物のように存在している訳ではないので、「存在していない」と言えます。

 

 

ただ現在地球上に生きる75億人のうち、90%以上くらいの人が「時間」という概念を理解し、

さらにそれを互いに使って問題なく通じて、コミュニケーションが可能になっているということを考えるに、

「時間の概念がない」とは言えないように思います。

これがもし、超少人数の人たちしか理解できない概念ならば、「概念として存在しない」と言えるかもしれませんが。( ˘ω˘ )

 

 

ちょうどギリシャで「虚数単位(i)」が発見された(提唱された)時、多くの数学者たちが「そんなものは存在しない!」(‘Д’)と言ったことと似ているなと思います。

(虚数単位(i)とは「i^2=-1」を満たす<数>)

 

 

ところが実際にこの虚数単位(i)を導入して「複素数」なるものを考えてみると、

いろいろなことがとても鮮やかに説明され、いろいろな点で便利なことから、今では当然のように使われています。

 

 

<時間の概念>もこれと似ているように感じています。(´・ω・`)

 

 

「時間の概念が存在するのか、しないのか?」という議論は難しいですが、

そもそも「時間という概念を導入する」と、いろいろなことが明確になり、正確になり、とても便利になるということは明らかです。(・∀・)

 

 

もちろん多少害があることは認めますが…。(‘Д’)

 

 

時計をぶち壊しくなる時とか。(‘Д’)

でも時計を壊したところで、問題は解決しない。。。(;´・ω・)

 

 

もし仮に存在しないのだとしても、

実際に導入した時に有益があるから、

「使っていて問題なかろう」というのが、現代人のスタンスと言えるかと思います。( ˘ω˘ )

 

<時間>と密接に結びついている概念

 

これは持論ですが、常々「時間と密接に結びついている」と感じている概念があります。

 

 

<時間>そのものは目に見えないけれど、それにとてもよく似ている概念。

そしてそれは全部ではないけれど、ある程度目にも見える概念。

仮に<時間>を知らなくても、

時計を持っていなくても、

「これ」によって<時間の流れ>を感じることができる概念。

 

 

さて、それは一体何だと思われますか?(´・ω・`)

 

 

・・・(´・ω・`)・・・

 

 

・・・(´・ω・`)・・・

 

 

・・・(‘ω’)・・・

 

 

正解はCMの後で!!(‘ω’)ノ

 

 

と言いたいところですが、特に流すCMも無いので、そのまま答えを書きますと、

(以前も書いたな、このネタ…

こういうタイミングで流して欲しいCMのある方は、ご連絡頂ければ、次回の機会に☆)

 

 

 

それは一言で言うと<変化>です。

( ..)φメモメモ

 

 

常々<変化>というのは、<時間>ととてもよく似ている概念だと感じています。( ˘ω˘ )

 

 

時間が経つと物事は<変化>します。

そして<変化>を見ることで、時間の流れを感じることができます。

 

 

おばあちゃんが久しぶりに会った孫を見て、

「あら、○○ちゃん、大きくなったのね~~」(*‘ω‘ *)

と言いつつ、

「あ~、私も年を取ったのね」(´・ω・`)

と感じるようなことです。

 

 

30歳くらいを超えてくると、親の年齢も60歳近くになってきます。

そうするとやはり親の老化を感じるようになります。

昔は黒かった髪が、真っ白になっている<変化>を見て、

「ああ、多くの時間が流れたんだな」と感じることはあるのではないでしょうか?( ˘ω˘ )

 

 

そして重要な部分は、

<時間>は目に見えないが、

<変化>は目に見えるという点です。

 

 

全部見えるとは言えませんが、目で見える部分はあります。

それを通して間接的に「時間を目で見る」ことができるということです。(‘Д’)

 

 

ある意味、映画などで時間が流れるのを

「砂時計の砂が落ちること」

「時計の秒針が進むこと」

で表現することと似ています。

 

アモンダワ民族の興味深い特徴

 

さて、まだ今日はアモンダワ民族が出てきていません。笑

 

 

調べてみると、彼らには「日、月、年」という概念がないので「年齢」という概念もありません。

しかし<それに近いもの>が存在します。(‘Д’)

 

 

それは、彼らは「自分が成長したな」「昔の考え方と違う自分になったな」と思ったら、、、

名前を変えるのだそうです。Σ(・□・;)

 

 

彼等は人生の節目、違うステージに上がる時に、名前を譲ったり、引き継いだりするそうです。Σ(・□・;)

 

 

これについて考えてみると…

 

アモンダワ民族の「キャサリン」

 

アモンダワ民族の「キャサリン」を例に挙げて考えてみますと、、、

 

 

ある日、太陽の木漏れ日と共に、キャサリンは目を覚まします。(´・ω・`)

 

 

そして太陽を見上げて、まぶしく目を凝らしながら、

「ああ、今日も一日が始まったわ・・・」(*‘ω‘ *)

 

 

・・・とは言わない。(;´・ω・)

「今日」とか「一日」とかいう概念をキャサリンは持っていないので、、、

 

 

どう思うのかは分かりませんが、

「ああ、お腹が減ったわ」(*‘ω‘ *)

くらいでしょうか。

 

 

立ち上がって周りを見ます。

そしてふと「あ、私、昨日の自分とは違うわ」(*‘ω‘ *)

と思う…

 

 

…訳でもない。(;´・ω・)

 

 

キャサリンには「昨日」という概念はないので、そうは思いません。(;´・ω・)

 

 

突然自分の中の変化に気づきます!Σ(・□・;)

 

 

キャサリン「あ…、私<変わってる>!!」(*‘ω‘ *)

 

 

キャサリン「私変わったから、今日からキャサリンではなくて、花子になる!」

と決心して、周りに告げます。

そしたら周りが「ああ、キャサリンは花子になったのか」と認識して、それからは呼び名が変わります。

 

 

…という感じなのでしょうか??

(ある日突然ではなく、結婚した時などに変わるという話もありますが)

 

 

いずれにしても、とても興味深い。(´・ω・`)

※あくまで例なので。キャサリンさん、花子さん、すみません。汗

 

 

逆に言えば「自分の変化を感じられない」のなら、ずっとそのままの名前なのでしょうか?

たくさん名前を変える人もいれば、数回しか変えない人もいるのかもしれませんね。

(名前なので、LINEのプロフィール画像のように、ホイホイ変える訳にもいきません)

 

 

アモンダワ民族の変化と時間

 

アモンダワ民族には時間の概念はないが、「変化」「成長」が時間の概念のかわりになっているようです。

ここがとても興味深い点でした。( ˘ω˘ )

 

 

確かに人生を生きる中で、時計の針がチクタク動くこと自体が大事なことではありません。(‘Д’)

寝ていても、

ぼーっとしていても、

じっとしていても、

時間は流れていきます。

 

 

私たち現代人は「時間の概念」を持っているので「カレンダー」も「時計」も持っています。

そして「カレンダーの見方」「時計の読み方」も知っています。

だからカレンダーと時計を見れば「自分が今、何年何月何日の何時何分何秒の時点にいる」ということは正確に知ることができます。

つまり「時間がどれだけ流れたのか」を知ることができます。

 

 

それで「ああ、これくらい時間が経ったんだな」と思います。(´・ω・`)

 

 

しかしその過ぎ去った<時間>の中で、

自分は一体どれくらい<変化>したのでしょうか??(´・ω・`)

 

 

もし1年5年10年の時間が流れたとしても、

自分自身が変化していないのならば、

アモンダワ民族の人に言わせたら、

「全然時間が過ぎていない」と言われるかもしれません。(‘Д’)

 

 

そうしたら「時計があること」がむしろ害になってしまいます。(‘Д’)

 

 

「時計の針が進み」によって<時間の流れ>を感じるのではなく、

むしろ時計の針を追い越す勢いで<変化>した自分自身の姿を通して、

<時間の流れ>を感じる人生を生きていきたいものだと思います。( ˘ω˘ )

 

 

そうしてこそ、アモンダワ民族の人にも笑われない人生になるのではないでしょうか。。。

 

 

【今日の二言まとめ】

1.自分の<変化>で<時間>を感じる人生を生きる!

2.アモンダワ民族の人に会ったら、まず名前を確認すること!(; ・`д・´)

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時間の流れを感じる<もの>~時間の概念を持たない民族「アモンダワ民族」~” に対して1件のコメントがあります。

  1. TATSUYA ABE より:

    二言まとめ
    一言目より二言目に期待してしまう自分を否定出来ません笑

    1. シンジュン より:

      (・∀・)

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