言葉が感覚を作る~高校の体育の授業で~

 

オーラ、シンジュンです!(・∀・)

 

 

人が生きていく中で<言葉>は必要不可欠です。

仕事柄ということもありますが、普段から<言葉>というものを様々な面で研究しています。(*‘ω‘ *)

 

 

よく「否定的な言葉は使わないようにしましょう」と言われますが、これはもう本当にその通りです!( ゚Д゚)

理由は様々ありますが、今日はそのうちの一つをご紹介できればと思います☆彡

これは子育てにもとても大事な要素ではないかなと感じています。( ˘ω˘ )

 

高校時代の体育の時間

 

高校に入学して、最初の体育の時間の出来事を、今でもよく覚えています。

大した出来事ではありませんが、それでも過去の記憶があまりない私が覚えているということは、

自分にとっては印象的な出来事だったようです。(・∀・)

 

 

高校に入学して最初の体育の授業は体育館に集まりました。

具体的に何をしたのかは覚えていませんが、私が覚えているのは準備運動をしている時でした。

 

 

床に座って、片足だけを正座するように折って、片方の足を伸ばして、太ももの上の筋肉を伸ばすストレッチがあります。

よくやるストレッチだと思いますが、体育の先生の指示でそれをやっていました。

そうすると当然ももの上の方が伸びます。

 

女性のストレッチ

(これではありませんが、これで片足を伸ばしているようなストレッチ)

 

 

そのストレッチをしていた時、先生(男性)が一言こう言いました。

「いや~、非常に気持ちいね~」( ˘ω˘ )

 

 

大した一言ではありませんでしたが、その一言を聞いた瞬間、自分の中に何が起こったかというと、、、

 

 

太ももの上を伸ばすストレッチをしているので、太ももの上が伸びる<感覚>がありますが、

(やったことのある人はみなさんお分かりだと思いますが)

その<感覚>に「気持ちいい」というラベルがつきました。(‘Д’)

もう少し言うと、その太ももの上が伸びる<感覚>が「気持ちいいものだ」とインプットされ、カテゴライズされました。(‘Д’)

 

 

私はその時よりも前、太ももの上を伸ばすストレッチ自体はたくさんしてきましたが、

高校の最初の体育の授業で、体育の先生のその一言を聞くまでは、その<感覚>は何もラベリングされておらず、

特に言葉になって整理されてはいませんでした。

 

 

ラベリングされていなかったからこそ、先生のその一言を聞いて、

「ああ、この<感覚>は気持ちいものなんだな」(・∀・)

とインプットされ、ラベリングされ、カテゴライズされました。

 

 

それがとても不思議で印象的で、よく覚えています。( ˘ω˘ )

 

 

それ以来10年以上経ち、今まで何度も太ももを伸ばすストレッチをしますが、

最初に「気持ちいいものだ」とラベリングされ、インプットされているので、

その運動をする度に「気持ちいい」と感じるようになりました。(*‘ω‘ *)

なのでストレッチは「気持ちいいものだ」とインプットされているため、ストレッチすること自体は今でも好きです。

 

猫のストレッチ

 

言葉が感覚を作る

 

今でもたまにこのことを考えるのですが、

もしあの時体育の授業で先生が、

「いや~、ちょっと痛いけど我慢して頑張ろう!」(‘Д’)

と言っていたら、一体どうなっていたのだろうと思います。( ˘ω˘ )

 

 

そしたらもしかしたら自分の脳には、

「あ、この<感覚>は痛いけど、我慢すべきものなんだな」(‘Д’)

とインプットされ、ラベリングされていたかもしれません。

 

 

そうしたら、もしかしたら太ももを伸ばす運動が嫌いになっていたかもしれないし、

さらにはストレッチ自体を嫌いになっていた可能性もなくはないなと思います。( ˘•ω•˘ )

そしたらストレッチが嫌いなため、体が固まり、いろいろと体に害が及んだ可能性も。。。

 

 

そう考えると、人の発する<一言>というのは、

良くも悪くも、大きく人に影響を与えうると感じます。(; ・`д・´)

 

 

特に「0代10代の子供の脳」は柔らかいスポンジのように<言葉>をそのまま吸収してしまうため、

親や教師など、子供を指導する立場の人は一層<言葉>に気を付けなければならないなと思います。(‘Д’)

 

 

恐らくその体育の先生も、まさか自分の発したその一言が、

私にそんなに影響を与えているなどとは「夢」にも思わないでしょうが。( ´艸`)

そんな一言を発したこと自体も覚えていないと思います。( ´艸`)

 

 

このような感じで、子供や生徒は、親や教師のそういう何気ない一言をよく覚えているものですよね。(・∀・)

授業の内容は全然覚えていないのに、(;^ω^)

授業中の先生の雑談の何気ない一言はすごく覚えているとかよくあるのかなと。( ´艸`)

 

女性のストレッチ

 

最初にどう認識するか

 

私の師匠は一言「認識は決定だ」と教えて下さいました。

この一言は本当に深いといつも思います。(; ・`д・´)

 

 

私たちが一度「これはこうだ」と認識してしまうと、それは「決定」したことなので、

決定を覆すのが難しいように、認識を改めることが容易ではありません。

かなりのエネルギーが必要です。

 

 

友達に「あのラーメン屋入ってみたけど、美味しくなかったよ」( ˘•ω•˘ )

と言われて「ああ、そうなんだ」と一度認識されると、

あとで別の友人から「あのラーメン屋行ってみたけど、美味しかったよ」(・∀・)と言われても、

すぐには「あ、そうなんだ!じゃあ行ってみよう!」とはなりません。

 

 

特に人間の脳は「悪い言葉、否定的な言葉、悪口」など、刺激的な言葉が一層残りやすいという性質を持っているので

一度悪く入った認識・入力は、覆すことが簡単ではありません。

スナック菓子や刺激的な味のするものを一度食べると、また食べたくなって、次第に中毒のようになってしまうことと同じです。

 

 

「認識」というのは、基本的に<言葉>ですることが多いです。(・∀・)

そのため「脳にどんな言葉で認識させるか」がとても重要になってきます。

 

 

今回も高校生の自分に「太ももを伸ばす時の<感覚>は気持ちいいものだ」と「気持ちいい」という言葉で入力され、認識されたように、その他のことも、どのような<言葉>で認識させるかがとても重要になってきます。

 

 

勉強も「楽しいものだよ」と認識させてあげたり、

運動も「気持ちいものだ」と認識させるか「楽しいものだ」と認識させるか、

とにかくどのような<言葉>で認識させてあげるかによって、

その子の後々の人生に大きな影響を与えることもあるようです。(・∀・)

 

 

以前「数学から学べること①~そもそもなぜ勉強するのか?~」でも書きましたが、

私は父から「勉強はRPGゲームで言う<武器>と同じだ」と教えられてきたので、

そのように「勉強することは良いこと」として認識されていました。

そのため勉強自体は嫌いではありませんでした。

もし「勉強は(嫌でも)やらないといけないもの」と認識されていたら、勉強を嫌いになっていたかもしれません。(‘Д’)

 

 

<言葉>が感覚を作ることもあるので、

本当に「否定的な言葉」で悪い認識を入れてしまうのではなく、

いつも「肯定的な言葉」で良い肯定的な認識を与えてあげられる大人になりたいものです。(*‘ω‘ *)

 

 

【今日の二言まとめ】

1.言葉が感覚を作るからこそ、肯定的な言葉を!

2.最初の体育の授業、この出来事以外には、何をしたか全く覚えていない。(‘Д’)

蛙のストレッチ

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